絶対大丈夫と思っている人も単に面倒な人も

溝田:ナッジに加えて、私たちはソーシャル・マーケティングの手法も使っています。

近藤:ソーシャル・マーケティングというと、ものを売るときにターゲットをどこにおくかといった話でしょうか。

溝田:そうです。例えば、30代女性をターゲットにしたら、その人たちの特性を理解した上で、その人たちに最適な方法でアプローチをしよう、ということです。

 がん検診を受けない人は、みんな同じ理由で受けないわけではありません。どういう考えでがん検診を受けていないのか、パターンを見いだして、そのパターン別に最適な伝え方をしようと考えました。

 例えば乳がんの未受診者の方を対象に、検診を受けていない理由を調査をすると、大体3つのパターンに分かれます。まず「自分は絶対に大丈夫」と思っている人、次に「がんだったら怖いから知りたくない」という人、そして「受けようとは思っているけど、なんとなくきっかけがない」という人です。

近藤:確かに、その3つのパターンは理解できる気がします。

溝田:この3つのパターンごとに、伝えるべきメッセージは違います。

 「自分は絶対に大丈夫」という人には、「大丈夫ではありません。11人に1人ががんになります。あなたも危ないですよ」と伝えます。「がんだったら怖い」という人には、「早期発見でほぼ100%の乳がんは治ります」と、「なんとなく」という人には、受診までのステップを分かりやすく示して「集団検診はこの5つの日程から選んでください」と選択肢を狭めたり、「この日までに申し込んでください」と期限を設けたりすることで、行動を起こすきっかけをつくります。

 それで、最初は3パターンのリーフレットを作成して自治体に提供したのですが、実は使ってくれるところがほとんどありませんでした。

近藤:未受診の人を3種類に分けて別々のリーフレットを送ることが、そもそも難しいですよね。

溝田:そうなんです。事前に未受診の理由を調査をして、3種類のリーフレットを印刷して、パターン別に送って……というのでは、手間がかかるし、印刷費も割高になります。事前に未受診理由の調査に回答してくれた人しか対象にならないという問題もあります。

 そこで、どのパターンの人にも向けたメッセージが入ったリーフレットや圧着はがきをつくって、それを全員に配ってもらうという方法に変えました。

近藤:どのパターンの人が読んでも、どこかに気持ちがひっかかるところがあるだろうと。

溝田:キャッチコピーやイラストは、CM制作やマーケティングのプロに協力していただいて作成しました。

近藤:見てみると、全体にやわらかい印象ですね。

溝田:表紙の「40歳を過ぎたら乳がん検診」というコピーは、「自分は絶対に大丈夫」という人に「40歳を過ぎれば受けないといけないですよ」というメッセージです。

 それから「がんだったら怖い」人に向けては、温かくやわらかい感じで、医師がそっと背中を押すようなイラストで訴求しました。

 「なんとなく」の人には「今年度は、○○市より△△円の助成があります!」と、利益を示しています。「△△円」のところには、実際の金額を入れてもらいます。

近藤:普通は「無料です」とか「500円です」と書いてあるところが、「△△円の助成があります!」になっているわけですね。

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