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 本連載の特別版として対談記事を掲載しています。対談2回目に登場するのは国立がん研究センター社会と健康研究センター保健社会学研究部健康増進科学研究室室長の溝田友里氏。本連載の著者、近藤慎太郎医師は2018年夏、書籍『医者がマンガで教える日本一まっとうながん検診の受け方、使い方』を発売し、「がん検診」についてマンガを活用しながら分かりやすく説明した。

 多くの人が、がん検診を受けなくてはと思っていても、分かりづらさや面倒な印象でついあと回しにしてしまいがちだ。果たしてがん検診は受ける価値があるのか。仮にあるとすればどのように活用すればいいのだろうか。まっとうながん検診の受け方について語り合った。(今回はその後編)

国立がん研究センター社会と健康研究センター保健社会学研究部健康増進科学研究室室長の溝田友里氏(写真右、撮影:竹井 俊晴)

近藤氏(以下、近藤):溝田先生は、がん検診をいかに受診してもらうかという課題に取り組んでいるそうですが、がん検診を受けない理由は一体、何なのでしょうか。

溝田氏(以下、溝田):がん検診を受けていない方を対象に調査をすると、実は特に強い理由はなくて、「なんとなく受けない」という人が多いんです。

 正しい知識を理解した上で「主義として受けない」場合はやむを得ません。けれど、「なんとなく受けない」人たちに、何かきっかけをつくって受けてもらえるのなら、どうにかして受けてほしいと思っています。

近藤:「なんとなく受けない」人に、どう動機付けをするのか。具体的には、どんなアプローチをしているのでしょうか。

溝田:最近、行動経済学では「ナッジ」という手法が取り入れられています。

 「ナッジ」(nudge)とは英語で「ひじでやさしくつつく」「そっとうながす」という意味。人間の行動を分析して、ある方向にそっと誘導する手法として今、盛んに研究されています。

 非常に有名な事例ですが、例えば24種類のジャムを売る時、24種類のジャムを試食できる売り場と、6種類を試食できる売り場では、どちらの方が売れるか。この場合は、6種類の方が売れます。

 実際に実験をしたところ、24種類の売り場では試食した人のうち3%が購入し、6種類の方は30%購入したという報告があります。人は選択肢が多すぎると意志決定が妨げられる傾向があるんです。選択肢の数は「7±2」、つまり5種類から9種類がベストだという心理実験の結果があります。

 これも有名な事例ですが、例えばくじ引きがあって、100%の確率で100万円もらえる場合と、50%の確率で200万円がもらえるけれど外れると1円ももらえない場合では、どちらを選ぶと思いますか。

近藤:やはり100%で100万円でしょうか。

溝田:そうですね。どちらも期待値は同じだけれど、多くの人は100%もらえる方を選びます。

 こういう心理には、冷静な判断とは少し違う、クセのようなものがあるんです。そこで、がん検診の受診を勧めるのにも、そのクセを利用しようというわけです。

近藤:人間の無意識に働きかけて、行動をコントロールしようということですね。けれど、もし気付かない間にコントロールされていたら、ちょっとイヤかもしれません(笑)。

溝田:「本当に人をコントロールしていいのか」という点は、問題ですよね。ナッジを公衆衛生に取り入れる基礎となる概念に、「リバタリアン・パターナリズム」というものがあって、方向は示しても選択の自由を確保すること、また社会的に許容される望ましい変化を促す時にしか使うべきではない、と考えられています。

 その考え方では、公衆衛生、特に対策型検診は、利益が不利益を上回ることが確実なので、ナッジと相性がいいんです。

 そこで私たちはナッジを、厚生労働省の指針で定められた5つのがん検診の受診勧奨に取り入れています。

近藤:なるほど。指針で定められたがん検診は、受けるメリットが大きいから、そっと背中を押してもいいということですね。