テストステロンの投与でEDが改善する?

 「肥満」や「うつ」は、テストステロン減少の原因にもなるし、結果にもなっています。つまり肥満になればテストステロンが減少してさらに肥満を悪化させ、うつになればテストステロンが減少してさらにうつを悪化させるという、「負のスパイラル」が起こるのです。

 それとは反対に、適切な運動によって全身の筋肉量が増えれば、テストステロンの産生量が増え、筋肉の維持、脂肪の減少といった「正のスパイラル」になっていきます。

 さらに、LOH症候群の患者にテストステロンを投与すると、上記の症状が全般的に改善される可能性があります。特にEDやうつ、認知機能については効果があるという報告が多数あります。

 ただしテストステロンも、むやみに投与すればいいというわけではありません。テストステロンは「前立腺がん」や「前立腺肥大」、「睡眠時無呼吸」を悪化させる可能性があるので、それらの病気がある人には投与はできません。さらに65歳以上の場合、投与によってむしろ虚血性心疾患のリスクを上げてしまったという報告があります。

 テストステロンには血管を拡張したり、動脈硬化を抑制したりする作用があります。またテストステロンの減少によって虚血性心疾患のリスクが上がります。それを考慮すると、この報告の結果は、一見矛盾するようです。

 それについては、次のように説明できます。

 テストステロンは赤血球の数を増やす作用もあります。これによって全身に運搬される酸素量が増えるので、運動能力が上昇するというメリットがあります(スポーツ選手の高地トレーニングと同様の効果です)。

 しかしその反面、血液が濃くなるので、細い血管が詰まりやすくなってしまうのです。40代~50代で動脈硬化が進んでいなければ、テストステロンによって赤血球の数が多少増えても問題にはなりません。

 けれど報告にもある通り、65歳以上などの加齢によって動脈硬化が進んでいれば、テストステロンの良い作用が出る前に、増えた赤血球で血管が詰まってしまう可能性も出てくるのでしょう。もしあなたがLOH症候群でテストステロンの投与を検討しているのであれば、事前に心臓の評価をきちんと行っておくことが重要です。

 また現段階では、テストステロンの減少によって起きる症状が、テストステロンを補充することで、どこまで改善するかは未知数です。保険適用でもないので、継続的な出費が必要になるという点もマイナス点です。

 テストステロンの研究は端緒についたばかりです。人為的にテストステロンを補充するのは最終手段として、まずは運動などのアクティブな活動を通じて、生理的な範囲内でのテストステロン値をキープしていくことが安全でしょう。

 それでも、今まで漠然と「歳のせい」と片付けられていたいくつもの症状が、テストステロンという一つの切り口によって、しかも定量的に解明されつつあるのは、非常に好ましいことです。

 その結果、寝たきりや認知症のリスクが減れば、健康寿命の増進に寄与します。介護人口の増加が危惧される日本においては、一つの光明にもなり得るでしょう。今後の知見の集積に期待したいと思います。

参考文献
 ED診療ガイドライン
 Men’s’ Health2016
 加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)診療の手引き
 Basaria S1, et al. Adverse events associated with testosterone administration. N Engl J Med. 2010;363:109-22.
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