連載の第1回から3回にかけて、死亡率(注)が最も高いがんである、肺がんについて解説しました。
現在のところ、日本人のがんの死亡率は1位が肺がん、2位が大腸がん、3位が胃がんという順番になっています(注=日本の人口10万人のうち、1年間にがんで亡くなる人の割合)。
皆さんはこれを知って、「胃がんって3位なの?もっと上なんじゃないの?」と思いませんでしたか。胃がんは日本人にとても多いがん、よく名前を聞くがん、というイメージがあると思います。
おじいちゃんやおばあちゃん、親戚のおじさんやおばさん、小学校の担任の先生、ご近所さん……。記憶をひも解けば、身の回りに一人か二人は胃がんで亡くなった人がいるのではないでしょうか。事実、少し前まで胃がんは「死亡率がダントツで高いがん」でした。
しかし、下のグラフを見て分かる通り、近年では明らかな減少傾向にあるのです。「急降下している」と言ってもいいと思います。日本人は、胃がんで死ななくなってきているのです。
少し脱線しますが、がんの死亡率を検討するうえで、とても大事な注意点があります。それは、「違う年度の死亡率を単純に比較しても意味がない」ということです。例えば厚生労働省が発表している人口動態統計によると、すべてのがんを合計した死亡率は1985年が「156.1」、2015年が「295.5」です。
一見すると、「この30年間で、がんで死ぬ人が2倍近くに増えている!」ということになります。しかし実は、これは間違った解釈です。
なぜなら1985年と2015年の日本の人口構成が全く違うことを考慮に入れていませんから。少子高齢化の影響で、1985年よりも2015年の方が、人口における高齢者の割合が明らかに高くなっています。高齢者が多くなるほど発がんリスクは高まるので、高齢者が多い2015年の方ががんによる死亡率が高くなるのは、ある意味では「当たり前」なのです。
違う年のデータを比べるのであれば、基準とするデータを決めたうえで、(一般的に1985年のものを使います)、「各年代の人口構成が同じになるように調整」して考えなくてはいけません。
では、きちんと調整したらどうなるかというと、2015年のすべてのがんの年齢調整死亡率は「121.3」になります。つまり、1985年の「156.1」と比べて「20%程度下がっている」ということになるのです。
年齢調整を怠れば、「がんの死亡率は上がっているじゃないか!がん検診やがん治療に意味はないんだ!」という間違った結論が導かれてしまいます。統計は、物事を比較検討するための非常に便利な道具ですが、気を付けなくてはいけない落とし穴がたくさんある、ということです。私たちをミスリードするために「意図的に誤用する人」もいますので、厳重な注意が必要です。
さて、本論にもどります。
先ほどのグラフは、この調整をした後の「年齢調整死亡率」です。なぜ胃がんの死亡率は急降下しているのでしょうか?
ピロリ菌を取り除けば胃がんゼロになる?
原因は大きく分けて2つあります。
1つは、胃がんの治療が進歩したことです。ある程度までの状態であれば、進行した胃がんでも手術で完治させることができるようになったのです。このおかげで死亡率が低下しました。これは素直にうなずける理由です。
もう1つの理由は、少々意外かもしれません。実は日本人における「ピロリ菌」の感染率がどんどん減って、「そもそも胃がんになる人自体が減っている」からです。
これはどういうことでしょうか。マンガで詳しく解説していきましょう。
ピロリ菌に一度も感染したことがなければ、胃がんのリスクはとても低い。では現在、ピロリ菌に感染している人は、どうすればいいでしょうか。
その場合でも、ピロリ菌の除菌をすることによって、胃がんの発生を減らすことができる「可能性」があります。
ただこれについては、胃がんの発生を減らすことができるという人と、できないという人に意見が分かれています。
もしかすると皆さんの中に、「ピロリ菌を除菌すれば胃がんにならなくなる」という説明を受けている人がいるかもしれません。けれどもそれは、全くの誤解です。胃がんの発生リスクを「減らせるかもしれない」というだけで、「ゼロになる」わけでは決してありません。
中高生へのピロリ菌の除菌、必要性を見極めよ
本当にピロリ菌の除菌が、胃がんを減らすかどうかは、除菌された膨大な人数を5年、10年と長期間にわたって経過観察し続けて初めて分かることです。現状では、そのデータが足りないために、ハッキリしたことが言えない状況です。
ただ、ピロリ菌が胃がんの発生に非常に強く関わるのであれば、それを取り除くことによってリスクが下がる、と考えるのは自然でしょう。それを見越して、2013年からはピロリ菌の除菌が保険適用となり、積極的に行われるようになりました。
胃がんが減っているのはそのおかげなんだ……と言い切れれば素晴らしいのですが、今のところは、そうではなさそうです。
というのも、胃がんが減っているのはもっと以前からあった傾向で、そもそもピロリ菌の感染率が減ったことが主な理由でしょう。ピロリ菌の除菌によって、本当に胃がんが減るのかどうかは、今後の研究成果を注意深く見守る必要があります。
そのような現状の中でも、中高生のうちからピロリ菌の感染をチェックをし、陽性ならば除菌を勧める自治体が増えてきています。
私は、この方針に異を唱えるわけではありませんが、ただピロリ菌の除菌も無条件に安全というわけでは、ありません。下痢や味覚異常、薬剤アレルギーなどの副作用が出るケースもあるのです。
しかもマンガで解説した通り、しゃにむに頑張らなくても、今後も自然にピロリ菌の感染率が減少していくのは間違いありません。中高生という非常に多感でトラブルを抱え込みやすい時期に、効果がはっきりしていない治療を断行することがベストなのかどうか、状況を見極めながら慎重な判断が必要なのです。
今回は、胃がんの“原因”について解説しました。次回は胃がんを見つけるための検査である、胃カメラとバリウム検査のメリット・デメリットを解説いたします。
人口動態統計(厚生労働省大臣官房統計情報部)
Ford AC, et al. Helicobacter pylori eradication therapy to prevent gastric cancer in healthy asymptomatic infected individuals: systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials. BMJ. 2014;348:g3174.
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