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食事法の解説を始める前に、大事な注意点があります。
高血圧、糖尿病、脂質異常症は、生活習慣の乱れだけで起こるとは限りません。遺伝的な因子があったり、何らかの病気が背後に隠れていたりする可能性もあるのです。
例えば血糖値が急激に変化する場合は、膵がんができていて悪影響を及ぼしているということがあります。
急激にデータが悪くなった場合には、生活習慣の改善だけでなんとかしようとは思わず、並行して医療機関を受診するようにしてください。
遺伝的な因子は意外と強く影響しますので、注意点を各論で詳しく解説します。
しかし一方で、遺伝子だけでは決まらないのも事実です。
例えば、アメリカに移民した日系人は、遺伝子は日本人と非常に近いはずですが、食生活など、移民先の環境に適応することによって、日本に住む日本人と比べて糖尿病の罹患率が2〜3倍高くなることが報告されています①。
また夫婦はもともと遺伝的な背景が全く違うのに、生活環境を共にすることで生活習慣病のリスクが類似してくると報告されています②。
結局、生活習慣病の発症には、 遺伝的な因子と生活習慣の因子が複雑に絡み合っているのです。いずれにせよ、自助努力の及ぶ範囲で生活習慣を改善することが、大切なカギとなってきます。
これから本連載で解説することは、一般の人が生活習慣病のリスクをできるだけ小さくすることを目的にしています。特殊な食事制限が必要な慢性疾患(1型糖尿病、腎臓病など)を持っている人、摂食障害のある人、ハイレベルなアスリートなどは対象としていないことを、ご了承ください。
さて、では食事法について解説しましょう。
食事指導などではよく栄養素、栄養素と言いますが、一体この「栄養素」とはなんでしょう。
一般的には五大栄養素と呼び、下記のものが含まれます。
- 炭水化物(糖質)
- 脂質
- たんぱく質
- ビタミン
- ミネラル
ミネラルには、ナトリウム、カリウム、鉄、亜鉛などが含まれます。
そして、1日のエネルギーをまかなうために取るべき栄養素のバランスは、炭水化物が50〜65%、脂質が20〜30%、たんぱく質が13〜20%となっています(『日本人の食事摂取基準』より)。
「なぜ下限が決まっているの? 少なくとも脂質はゼロでもいいんじゃない?」
そんな疑問を抱く人もいるかもしれません。
脂質というと、肥満の元凶として目の敵にされるイメージがありますが、脂質にも重要な役割があります。
脂質はエネルギー源として非常に有用ですし、人体を構成する細胞の膜になったり、ステロイドホルモンをはじめとした様々な生理活性物質の成分となったりします。
さらに脂質には「必須脂肪酸」、たんぱく質には「必須アミノ酸」といって、「体内では合成されないため、食事から取るしかない」成分があるので、それを必要最低限確保するために下限量が決まっているのです。
炭水化物は「必要最低限」を確保しなくていい?
一方で、炭水化物には「必須炭水化物」はありませんので、下限はもう少し緩くてもいいのかもしれません。
ただ炭水化物はエネルギー源として優れていること、脂質やたんぱく質の取り過ぎが健康を害するのではないかと懸念されたこと、などの理由で比較的多めに取るように決まっています。理由をもう一つ付け加えるならば、昔から日本では稲作が盛んで、米が比較的手に入りやすかったからといった歴史的な経緯も影響しているでしょう。
いずれにしても、実はこのバランスにはそこまで明確なエビデンスはなく、あくまで目安として定められていると考えた方が良さそうです。
米国糖尿病学会でも、炭水化物、たんぱく質、脂質のバランスに、「絶対的な正解はない」としています③。
そして前回(「生活習慣、最初から満点を目指さなくていい」でも解説した通り、このバランスになるようそれぞれの栄養素をどれぐらいの量で食べればいいのかは、エキスパートの栄養士でもない限り、まず判断できないでしょう(私も分かりません)。
そして率直に言えば、これを遵守している人も、そう多くはないだろうと推察します。
公的には上に挙げたようなバランスで食事をすることが勧められていますが、世界を見渡せば、膨大な数の食事法が存在しています。
中でも特に、生活習慣病のリスクを下げるために医療の世界でしばしば言及される食事法には、次のような種類があります。
次のページで、マンガを用いて解説しましょう。
日本は多様な食事法を選べる
それぞれの食事法には、歴史的、文化的、地理的背景もあるので、一律に優劣を競うのはあまり意味がありません。
例えば地中海食はどの臨床研究でもおおむね高い評価を得るのですが、じゃあ「アジア全土で地中海食を推進しよう!」とはなりませんし、実現可能でもないでしょう。
米国臨床内分泌学会/米国内分泌学会(AACE/ACE)のガイドラインでも「食事法は個人の文化や嗜好に合わせる」と明記されています。
多民族国家・アメリカならではの、固有のバックグラウンドを尊重しようとする姿勢は好感が持てます。
一方で「私は日本人だから日本食しか食べません」という人も稀だと思います。
ごく一般的な日本人は、お刺身も食べればカルパッチョも食べるし、おじやも食べればリゾットも食べます。もちろん、うどんやそば、ラーメン、パスタも食べるでしょう。大型の食品スーパーに行けば、世界各国の食材や調味料がところ狭しと並んでいます。
非常に多様な食生活を送っている日本人にとって、各食事法のメリット、デメリットを明らかにすることには非常に大きな意義があります。各食事法が自分の体質に適っているかどうかを判定できるし、「いいとこどり」をすることもできるからです(むしろ、本連載ではそれを目指していきます)。
さて各食事法のメリット、デメリットを理解するには、三大栄養素、特に炭水化物と脂質の代謝(分解・合成)の流れについての基礎知識を身につける必要があります。
それによって、自分は何に注意すべきかも判断できますし、なぜ食事法が乱立しているのかも分かります。
次回は、食事を食べると栄養素がどう代謝されるかを解説します。
■参考文献
- 原均、岡村緑:IGTの疫学―国際比較を含めてー。Diabetes Frontier31992;129-35.
- Kim HC et al. Spousal concordance of metabolic syndrome in 3141 Korean couples: a nationwide survey. Ann Epidemiol. 2006;16:292-8.
- Evert AB et al. Nutrition therapy recommendations for the management of adults with diabetes.Diabetes Care. 2014 Jan;37 Suppl 1:S120-43.
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