前回、血液がん検診をするのであれば、以下の2つが絶対条件だと解説しました。
①そのがんの大部分で上昇する(=見逃しが少ない)
②治療が可能な早期の段階で見つける
そして現実に、有名ながん医療機関や様々な企業が、それを可能にすると謳った検査方法を開発中です。もしそれが本当ならば、こんなに便利なことはありません。
ではそれができるとして、例えば「がんを90%以上の確率で診断」といった場合の、「確率」とは一体、何に対しての確率なのでしょうか。
それは、「画像検査」の結果に対しての確率です。胃カメラ、大腸カメラ、CT、MRIなどの結果を100%正しいとして、血液がん検診の結果が90%一致した、ということを意味します。
つまり血液がん検診は、画像検査の結果を正解として、判断の拠り所にしているのです。画像検査と、それに続く病理組織検査、手術結果などから最終判断している場合もあるかもしれませんが、判断の入口が画像検査という点では変わりません。
ここで、「だったら判断基準になっている画像検査を最初から受ければいい」という身も蓋もない結論もありえますが、「採血だけである程度分かる」という利便性を重視して、話を先に進めましょう。
検査の診断能力の指標として、実は「確率」という表現は不適当です。一般的に「感度」と「特異度」の2つを用います。
感度とは、画像検査で存在するがんを「ある」と診断する能力で、特異度というのは存在しないがんを「ない」と診断する能力です。ややこしいので、マンガで解説します。
「ハンチントン病になる可能性が高い」と知らされて自殺
それも、もっと深刻な問題を引き起こす可能性があるのです。
例えば、血液がん検診を受けて陽性になったとします。おそらく不安な気持ちを抱えて病院を受診し、画像検査を受けるでしょう。
その結果、何も問題が見つからず、担当医に「がんはありません」と言われたとしたら……。皆さんは、どんな気持ちになるでしょうか。
もちろん大半の人は「よかった、がんはないんだ」と思うでしょう。ただ一部の人は、「まだ画像検査で見つからないぐらい小さいのかも」と不安を抱えるかもしれません。さらには「見落としたんじゃないか」と検査結果に疑念を抱く人だっているはずです。一部の受診者は、不安と疑心暗鬼のるつぼに陥ってしまうのです。
「そんな大げさな」と思うかもしれません。しかし、この問題は軽視しない方がいいのです。
そもそも血液がん検診をしようと思ったのは、がんが気になるからです。検査結果の不一致が気にならないわけがありません。そして、血液がん検診の中身が、遺伝子などの高度でもっともらしいものであればあるほど、より不安も強まるでしょう。
現実に海外では、遺伝子検査の結果、将来的にハンチントン病という難病を発症する可能性が高いことを指摘された4527人のうち、5人が自殺し、21人が自殺未遂をしたと報告されています。
まだ発症していないし、発症するかどうかも分からないのに、将来を悲観して行動に移してしまったのです。同じことが起こらないと誰に言えるでしょうか。
画像検査で分かるもの以外は分からない
ここで強調したいのは、「画像検査の結果の方が正しい」ということでは全くなくて、「画像検査で分かるもの以外は分からない」ということです。
実際に、画像検査で見つからないようなごくごく小さな病変が育っているのかもしれません。それも、十分にありえます。けれど、画像検査でも病変が見つからなければ、医師側は「がんはない」と言うしかないのです。
もちろん、画像でがんがどこそこにあるということが確認できなければ、手術などで切除することもできません。
ところが、がんはないと診断された数年後に、もし進行がんが見つかって、さらには完治できるタイミングを逃していようものなら――。
受診者、医療者を巻き込んだ深刻な問題に発展する可能性があることは、十分ご理解いただけると思います。
そのがんは、血液がん検診の時に小さすぎて画像検査に映らなかっただけかもしれないし、実際にがんは存在しなくて、その後で急速に育ったのかもしれません。しかし、それがどちらかなのかは、世界中の誰にも分からないのです。
誰も悪くないのに、すべての人に不幸をもたらす結果になってしまいます。
繰り返しになりますが、「画像検査が100%正しい」ということでは、全くありません。
しかし画像検査を判断基準にするということは、「視認できるもの以外分からない」という観点から、実は、真の意味で妥当なことなのです。
血液がん検診が実用化されれば確かに便利ですし、今までがん検診を受けていなかった人が受けてみようと思うなど、様々なメリットもあるでしょう。
ただ一方で、不幸なトラブルを起こす可能性があることにも、十分に気を配る必要があるのです。
「血液でがんを早期に見つけるんだ!」とあまり気負いすぎずに、「がんのリスクの高い人を見つけるために受ける」程度に考えた方が、すべての人にとって有益なのではないでしょうか。
(参考文献)
Almqvist EW,et al. A worldwide assessment of the frequency of suicide, suicide attempts, or psychiatric hospitalization after predictive testing for Huntington disease.
Am J Hum Genet. 1999;64:1293-304.
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