本連載ではこれまで、様々ながん検診について解説してきました。それらは、原則的に一種類のがんに対して個別の検査方法を対応させるものでした。
例えば肺がんには胸部レントゲン、大腸がんには大腸カメラ、乳がんにはマンモグラフィーといった具合です。
当たり前のことですが、乳がんを内視鏡で見つけることは不可能です。臓器の形や場所といった特徴に合わせて、それに最も適した検査方法を採用しているのです。それが、現状では診断能力を高めるための一番の近道でした。

今回からは3回にわたって、「1回の検査で“網羅的に”がんを見つけよう」という試みについて解説します。まずはPETによるがん検診です。
PET検査で“見逃される”がんもある!
「PET」とは、「Positron Emission Tomography」の略です。
PET検査では、まず「放射性同位元素がくっついたブドウ糖(FDG)」を体内に注射します。がん細胞は活発に増殖しているため、栄養素であるブドウ糖を正常の細胞よりもたくさん取り込みます。
同じように、FDGもがん細胞により多く取り込まれので、体内分布に差が出ます。その濃淡を映像化するのがPET検査です。
ただし、PETだけだと大抵はボンヤリとした画像しか得られません。そこでPETにCTかMRIを組み合わせて、検査の精度を高める必要があります(下の2点の写真参照)。通常PET検査というと、「PET+CT」か「PET+MRI」のことを意味します(本稿でもそのように使います)。


一見すると、なんて素晴らしいんだと思いますが、現実にはなかなか理論通りにいきません。
がんの性質によってはFDGがうまく集積しなかったり、正常臓器に集積してしまったりすることがあるのです。ではPET検査の精度はどれぐらいと報告されているのでしょうか。
ある施設は約9年間、延べ1万8919人(複数回受診あり)がPET検査を含むがん検診を受けたところ、見つかった総計204件のがんのうち、PET検査陽性が104件、陰性が100件でした。
つまり、すべてのがんのうちの約半分は、PET検査でも見逃されているのです。
これは大変微妙な結果です。診断能力があまり高くない、というよりも、PET検査は臓器によって得意・不得意があるのです。
では、どういうケースでPETの診断能力が下がってしまうのでしょうか。
PET検査が有用ながんとそうでないものがある
前述したように、PET検査ではFDGという特殊なブドウ糖を使用します。もし糖尿病で血糖コントロールが不良な場合(つまり血糖値が高い場合)、腫瘍は身の回りにふんだんにある普通のブドウ糖を取り込めばいい。その結果、相対的にFDGが集積しづらくなり、診断能力が低下してしまいます。つまり糖尿病の人はPET検査を受ける意義が減ってしまうのです。
また、もともとブドウ糖をたくさん取り込んでエネルギーにしている脳や、FDGの排泄経路である腎臓、尿管、膀胱には、病気がなくてもFDGが自然に集積します。そのため、集積が見られたとしても、それが病気によるものなのかどうかを判断することができません。
ほかにも胃や大腸などの消化管、肝臓などは正常でも比較的集積しやすいと言われています。
そのため臓器によってPET検査の有用性は変わってきます。FDG-PETがん検診ガイドラインによれば、PET検査が「非常に有用」なのは、頭頸部がん、甲状腺がん、悪性リンパ腫と報告されています。
特に、甲状腺がんはPET検査で見つかる頻度が一番高いがんです。ただし、前立腺がんと同様に、ラテントがん(ゆっくり成長して寿命に影響しないがん)の割合が高いので、PETで診断された甲状腺がんが本当に治療すべきなのかどうかは、慎重に見極める必要があります。
次に、「有用性が高いと考えられる」のは肺がん、乳がん、膵がん、大腸がん、卵巣がん、子宮体がん。「有用性は高くない」のは、食道がん、肝臓がん、胃がん、前立腺がん、子宮頸がん、腎がん、膀胱がんと報告されています。
がんの名前をズラズラ並べてもピンとこないので、部位別のがんの罹患率とPET検査の有用性を照らし合わせてみましょう。
男性より女性の方が、PET検査が有用?


オレンジ色の部分が、「非常に有用」と「有用性が高いと考えられる」を合わせた、PET検査がカバーする可能性のある部分です(子宮の場合は「体がん」に相当する部分)。
男性の場合は、残念ながら罹患率の1位と2位の前立腺がんと胃がんがカバーされていません。ただし前立腺と胃は一般的ながん検診(PSAと胃カメラ)があるので、それを組み合わせればカバーできます。
女性の場合は、胃カメラと子宮がん検診を組み合わせれば、何と上位のがんはほとんどがカバーできてしまいます。単純に罹患数だけに注目すれば、「PET検査は男性よりも女性の方がより有用だ」と言えるでしょう。
もちろん、PET検査にもいくつかの問題点があります。
まず、PET検査が個別のがん検診(胸部レントゲン、大腸カメラ、マンモグラフィーなど)より優れているというわけでは決してありません。診断能力については、現状では個別のがん検診の方に軍配が上がります。
また、あくまで「非常に有用」なのは、頭頸部がん、甲状腺がん、悪性リンパ腫に限られていることにも注意が必要です。ただし、この3種類のがんは、自治体のがん検診がないので、それらに加えて膵がんや子宮体がんなど、「がん検診がなくてノーマークになっているがんが不安だ」という人は、PET検査を追加項目として検討しても良いでしょう。
さらに、今後PET検査を広く普及をさせるのであれば、避けては通れない問題があります。
それは、「医療被ばく」の問題です。FDGを体内に注入するだけでも被ばくしますし、高画質のCTをくまなく撮ればさらに上乗せされます。被ばく線量は、条件や方法によって大きく変わりますが、PETとCT合わせて20mSvを越えることもありえます。
被ばく線量が累積で100mSvを越えると、徐々に発がんのリスクが増大していくと言われています。それを考慮すれば、PET検査は、現状では少なくとも毎年受けるような検査ではありません。
PET検査には改善が必要なポイントがまだまだあります。
一方、以下のような注目すべき特徴もあります。
- 1回の検査で複数のがん検診を網羅的に行える
- 検査担当者の技量の差が出にくい
- 被曝は別として、肉体的な苦痛が少ない
こうした検診としては非常に魅力的な長所も持っています。そのため今後の進歩に期待したいと思っています。
FDG PET/MRI 診療ガイドライン 2012
FDG-PET検査における安全確保に関するガイドライン 2005
PET検査Q&A 日本核医学会 日本アイソトープ協会
がんの統計‘16
がん研有明病院ホームページ
放射線医学総合研究所ホームページ
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