あの人が今生きていたならば、この世界を見て何を思い、どのようなヒントを与えてくれるのだろうか。かつての大混乱時代を生きた政治家や科学者、文学者など各分野の偉人たちの思想を、研究者・識者に聞く。第5回の偉人は、新渡戸稲造。
彼を一言で言い表すことはできない。『武士道』の著者であり、農学者であり、クリスチャンであり、東京女子大学の初代学長であり、そして何より類まれなる「国際人」であった。
第一次世界大戦の反省から1920年に国際連盟が設立されると、新渡戸は事務次長となる。6年間事務次長として活躍する過程で、時代は再び暗い道をたどり始める。
満州事変、国際連盟からの脱退――。新渡戸の晩年は、軍国主義に染まる日本で命の危険にさらされながらも、日本と世界の平和を模索し、戦争回避のために奔走した日々であった。
今、世界は様々な危機に直面している。北朝鮮の核・ミサイル問題、ミャンマーにおける少数民族(ロヒンギャ)弾圧問題。新渡戸稲造が現代に生きていたら、何を思い、どう行動するだろうか。国際政治学者である一橋大学の福富満久教授に聞いた。
(聞き手 白井咲貴)

(1862~1933)岩手県生まれ。農学者、教育者、国際連盟の事務次長。札幌農学校を卒業後、約1年間東京大学で学ぶ。東大の入学試験で口にした「太平洋の橋になる」は彼の生涯を貫く行動指針となる(写真提供:アフロ)
新渡戸稲造を一言で語ることは難しいですね。いくつもの面を持っています。札幌農学校、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学、ドイツのボン大学などで学んだ農学者。札幌農学校時代には洗礼を受けてクリスチャンになりました。彼の書いた『武士道』は日本人の精神を表した書として今なお読み継がれています。女子教育に力を注ぎ、東京女子大学の設立に尽力。初代学長となった。1920年に国際連盟が設立されると、事務次長の職に就きました。
ただし、彼の思想や行動には、キリスト教の洗礼を受けて以降、「人道主義」や「人類平等主義」といったものが一貫して流れているように思われます。
福富:そうですね。この前TEDを見ていたら、現在の国連事務総長であるアントニオ・グテーレス氏が出演していました。彼の話を聞いていると、彼と新渡戸稲造の姿がすごく重なりました。彼は国連難民高等弁務官出身。TEDでは、シリア難民について話していました。
彼は、「シリアでは年間100万人ほど難民が生じる。どの国も彼らのすべてを受け入れる力があるわけではない。でも欧州の人口は5億人だ。100万人はその1%にも満たない。欧州の国々が平等に受け入れれば問題ない」と言いました。
国家には、自国民に対する「保護責任」と、困っている人に対する「救済責任」があります。でも現状では「救済」にまで手が回りません。
ただ、グテーレス氏の話を聞いて「なるほど」と思いました。各国がそれぞれ請け負えば救済できる、と。新渡戸稲造も同じことを言ったのではと思います。彼の思想や行動の中には、人類平等とか人道主義といったものが一貫してある。だからおそらく「各国が受け入れて救済すべき」と言ったでしょう。
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