経済が成熟した先進各国では、富の分配ばかりでなく負担の分配をどうするかという難題も持ち上がってきました。ロールズは負担の側面にも目配りしていますでしょうか。

川本:確かに60〜70年代は右肩上がりの経済成長が実感されていた時代であって、成長の果実である所得や富の分配が徐々に問題として自覚されるようになっていきました。そしてその傍らで、経済成長や社会の安定性を維持するための費用や負担をどう分かち合うかの論戦も熱を帯びてきたと思われます。ロールズであれば、「社会的な協働がもたらす便益と負担との適切な分配を定める」のが正義の原理なのだと申し立てるところでしょう(『正義論』第1節)。

 社会をきちんと切り盛りするには、道路、公園、公衆衛生、警察や国防といった「公共財」の配備が必須です。これらを維持するためのコストは、社会の全成員で分担しなければなりません。さらに社会が世代をまたいで存続していくためには、子どもの出産・養育から始まり高齢者の介護にいたる、一連のケア(世話)の営みも欠かせませんよね。

自由と自尊が確保される社会へ

育児や介護を家庭内で処理すべき私事とするのではなく、可能な限り社会的に分かち合うべき負担と考えねばなりません。かといって、これらのケアを完全に市場で売り買いされるサービスに一本化してしまうのは行き過ぎでしょう。

川本:おっしゃる通りです。ただし『正義論』が出版された時分は、介護や高齢化が社会問題としてそれほど表面化していませんでした。けれども、介護のまともな分かち合いを構想する糸口をこの本から引き出すことは可能です。

 ロールズは「分配の正義」の対象となるものを社会的基本財(social primary goods)と名づけています。社会生活を続けるにあたって、どんな価値観・幸福観の持ち主であろうともできるだけ多くを欲しがる「よい物=財」を指します。自由、富と所得、社会的な地位などがそれであって、中でもいちばん重要な財に挙げられるのが自由なのです。

 自由はお金と交換できるような財ではありません。自由をいちばん重視する身構えはリベラル派の真骨頂に相違ありませんが、ロールズは自由と並べて「自尊」(self-respect)もきわめて肝要な「社会的基本財」だと力説します。そして「自尊」とは、「自分には価値がある」とする自己肯定感と「あなたは私(たち)にとって大切な存在なのです」という他者からの承認との二つの側面をあわせ持つものとされています。

介護関係においても、お互いの「自由」をとことん尊重するとともに、相手の「自尊」を傷つけないよう細心の注意を払う必要があるということなのですね。

川本:排泄の介助など、介護には面倒な作業がつきもので、マニュアル通りにことを運べばよいものではありません。まずは介護従事者に相応の賃金を支給して経済面の安定を図る一方で、その人たちの自由と自尊を重んじることにより、自分たちの労苦には社会的に承認された意味と価値が備わっているのだと自負できるようサポートせねばなりません。ケアを価値の低い賃労働だと見限るのではなく、ケアの分かち合いを通じてこそ社会の正義が維持されるのだと考えるべきなのです。