1907~8年にイランから石油が出たことも、チャーチルの決断を後押ししたと思います。当時の英国は、英露協商を通じてイランを事実上ロシアと分け合っていました。

 チャーチルが目を付けたのは石油だけではありません。戦車、戦闘機、レーダーも同様です。戦車は、第一次世界大戦を通じて塹壕が強化されたため、これへの対抗措置として重視しました。戦闘機の増産も支持しました。これは対独戦争が始まった後、英国領空の制空権を維持するのに活躍しました。

 チャーチルは新しいモノ好きなので、今の時代にいたなら、ロケットや人工衛星などの宇宙技術、石油に代わる次世代エネルギー、サイバー、AI(人工知能)などにも興味を向けたでしょうね。

ロシアのクリミア侵攻は許さない

最後にチャーチルのロシア観をお伺いします。今のロシアを見たらどう思うことでしょう。当時のソ連はポーランドに侵攻、現在のロシアはクリミアに侵攻。現状を力で変える動きが目に付きます。

君塚:チャーチルは地政学的な脅威に敏感でした。クリミアは、クリミア戦争*があったことから明らかなように重要な地域です。2014年のセバストポリ編入を目にしたら、きっと、黙ってはいなかったでしょう。
*:帝政ロシアが1853年、ギリシャ正教徒の支援を理由にオスマン帝国に侵攻。翌54年に英国はロシアの南下をくいとめるべくオスマン帝国に味方して参戦した

かつてのグレートゲーム*が再来する第一歩ととらえたかもしれないですね。

君塚:きっと、そうだろうと思いますね。
*:南下政策を進める帝政ロシアとこれを阻止しようとする英国とが、19世紀後半にユーラシア大陸全体を舞台に演じた勢力争い。英国は、クリミア戦争ではロシアと戦うオスマン帝国を支援。第二次アフガニスタン戦争ではロシアに支援されたアフガニスタンと対決。日露戦争ではロシアと戦う日本を支援した。