君塚:それもあるでしょうね。卑屈な態度よりも、こうしたぶれない堂々とした態度の方が、助ける側を安心させる面があるかもしれません。チャーチルは「もし英国がドイツに支配されたら、我々はアイルランドで戦う。アイルランドにも来られたらカナダで戦う」と語っていました。

 チャーチルは強気の一方でユーモアも忘れませんでした。議会での演説の中で「我々はドイツの侵攻を待ち望んでいる。ドーバー海峡を泳ぐ魚も一緒だ」といった発言をしています。

 チャーチルとルーズベルトはどちらも軍人で、第一次世界大戦をともに戦った経験があります。これも信頼を深めた背景にあったでしょう。チャーチルは当時、英国の海軍大臣。ルーズベルトは米国の海軍次官補でした。チャーチルがルーズベルトに宛てた手紙の結びには「Former Naval person(かつての海軍軍人)」としたためていました。

 またどちらも上流階級の出身であったことも大きかったでしょうね。チャーチルは英国の貴族で“お殿様”です。彼が生まれたブレニム宮殿は、王宮と英国教会大主教の公邸を除き、英国で唯一「宮殿」と冠した建物です。彼の先祖がスペイン継承戦争で戦功を上げ、アン女王から下賜されたものです。その面積は東京都台東区とほぼ同じ。一方のルーズベルトも大富豪の御曹司でした。

「英国ファースト」のファシストを批判

「英国と米国は特別な関係」と見るチャーチルが、「アメリカ・ファースト」を標榜するドナルド・トランプ米大統領の言動をみたらどう思うでしょう。

君塚:厳しく評価すると思います。

 当時の英国にオズワルド・モズリーという、「英国ファースト」を主張するファシスト運動のリーダーがいました。代々伝わる准男爵の家に生まれ、チャーチルの後輩で陸軍士官学校を卒業したエリートです。チャーチルはモズリーを「自分の国さえよければよいという姿勢はダメだ」と批判しました。

チャーチルは国際感覚に優れていたのですね。

君塚:はい。彼は帝国主義の時代に七つの海を支配した英国の貴族の家に生まれ、インドや南アフリカをはじめとする植民地を支配するのは当たり前と考えていました。現代の我々は帝国主義=悪と捉えます。しかし、それゆえに国際感覚が磨かれた面がありますね。帝国主義にも功罪の両面があったのです。

バランス・オブ・パワーの考え方を身につけたのも同じ流れの中の話ですね。

君塚:おっしゃる通りです。軍人として世界を回る中で「自分の島さえ無事ならよい」という考えは通用しないことを理解したのだと思います。

そういう国際感覚は当時の英国人はみなが身につけていたのでしょうか。それともチャーチルに固有のものなのでしょうか。

君塚:一般の人の間にもこの感覚はあったと思います。ビクトリア朝時代から、身内が移民としてカナダに行くとか、インドに戦争に行くとかする家がたくさんありましたから。英国は国として、国際感覚がしみついているところがあります。