テレ朝早河会長激白「ネットの中にテレビがある」
サイバーエージェントと「AbemaTV」で協業するワケ
我々は長らく、電波、あるいは米国ではケーブルを伝わり、家庭のテレビ受像機に映る映像のことを「テレビ」と呼んでいた。その概念が変わりつつある。
台風の目は「NETFLIX(ネットフリックス)」。パソコンやスマートフォン、テレビなどで視聴できる米国生まれの「ネットTV」で、世界8300万人以上の視聴者を抱えている。日本には昨年9月に上陸。テレビ局や映画配給会社を差し置き、240万部以上が売れた芥川賞受賞作「火花」のドラマ化を実現、今年6月から独占で“放映”している。
日経ビジネス9月12日号特集「テレビ地殻変動 ネットTVが作る新秩序」では、そうしたネットTVによる新潮流や地殻変動を描いた。
テレビ局自身も変わろうとしている。筆頭が、インターネット大手のサイバーエージェントと共同でネットTVの「AbemaTV」を立ち上げたテレビ朝日だろう。
AbemaTVにはニュース、バラエティー、アニメなど25以上のチャンネルがあり、24時間365日、無料で視聴できる。スマホ向けアプリのダウンロード数は4カ月強で700万を突破。視聴者の6割以上が35歳未満と、若年層の取り込みに成功している。テレビ朝日はこの配信会社に40%を出資。番組制作でも全面協力する。
ネット企業と組み、ネットTVへの本格参入を決断した背景には何があったのか。トップは地上波の未来をどう考えているのか。テレビ朝日の早河洋会長兼CEO(最高経営責任者)に聞いた。
(聞き手は井上理)
「ペイテレビ」が根付く米国は日本と違う
「AbemaTV」によるネットTV事業への参入を決断したテレビ朝日の早河洋会長兼CEO(撮影:的野弘路)
まずは、サイバーエージェントとAbemaTVを立ち上げることになった経緯からお聞かせください。
早河会長:サイバーエージェントの藤田(晋)社長から提案があったのは、一昨年の秋でした。微に入り細に入りということではなく、何となく、「テレビが退潮気味なので、動画配信サービスもやりませんか」というような感じのお話だったのですが、私は間を置かず、「やりましょう」とお返事をしたのを覚えています。
藤田社長との関係は、私が社長になった2009年の秋に初めて食事をしてからで、年に2~3回ゴルフなんかもご一緒し、人となりみたいなものはそれとなく分かっていました。ですが、毎日のように会って、ビジネスの話をしていたわけではない。
なぜそんな彼を信じたかというと、やっぱりインターネット広告からネットメディア、ゲーム事業まで、知見や成功体験、ノウハウを持ち、IT業界で確固たる地位を固めてきた。あの若さでそういう輝かしい実績を作ってきた人物の構想力は信じるに足るものだと思いました。
当初の構想は、ネットフリックスや「Hulu(フールー)」のような定額制の動画配信だったと聞いています。
早河会長:最初の着想はそうですが、最終的には今のような無料広告型で多チャンネルの構想に行き着いたと。その時点ですごく深い議論があったわけではなく、彼が「やっぱり無料で、多チャンネルでいきましょう」と言うから、私も「同意します」というような感じです。
一昨年というと、ちょうどネットフリックスの独自の人気ドラマ「ハウス・オブ・カード」がエミー賞などを受賞し、躍進を遂げていた時期と重なります。定額制動画配信の風潮に逆行するような判断に乗ったのはなぜでしょうか?
早河会長:なぜ米国で定額制動画配信がはやったかというと、もともと米国は日本と違って、テレビを見るのにお金を払わなきゃいけないんですね。要するに「ペイテレビ」の文化が根付いていて、その料金は結構、高いんですよ。
そこへ、自分の好きな時間に好きな番組をどこでも、しかも、従来のペイテレビより低料金で見られるサービスが登場した。ミレニアル世代を中心に自由さとコストが受け入れられ、ブレークしているという状況なんですね。
もちろん、日本にも有料テレビは衛星を中心にありますが、基本的にはテレビは無料だということに慣れきっていますし、ビジネスの大本になる「集客」のためには、やはり無料がいいだろうと。
藤田社長の中にも、いいコンテンツをそろえればユーザーがたくさん来て、広告に依存した無料配信という新しいサービスが勢いを増すという読みがあったのだと思うんです。しかも、倉庫に入っているコンテンツを引っ張り出すということではなく、多チャンネルでユーザーに見せる、示すというのがミソだと思います。
「テレビとネットの価値観がぶつかると潰れる」
サイバーエージェントとテレビ朝日は配信会社とは別に、AbemaTV向けニュース専門チャンネルの会社も共同で設立している。テレビ朝日は50%を出資、地方系列局からのニュース素材の提供も含め、地上波とほぼ変わらない報道体制を敷く。一方、地上波と同じようなタレントを起用した独自のバラエティー番組の制作でも、テレビ朝日で長年、バラエティー番組を手がけてきたプロデューサーらが協力。全社一丸となり、新時代のネットTV局に懸けている。
8月28日に生放送された特番「業界激震!?マジガチランキング」のスタジオ風景。テレビで活躍するお笑い芸人のカンニング竹山氏や人気モデルの池田美優氏といったタレントが出演した(撮影:稲垣純也)
かつて、テレビ局にとって「ネット」は敵だった。2005年に堀江貴文氏率いるライブドアがフジテレビを、三木谷浩史氏の楽天がTBS買収に動いた際は、いずれもテレビ局が徹底抗戦したことで、実現に至らなかった。その時代からすれば、テレビ局がネット企業と組み、ネットTVに本腰を入れたというのは大きな変化であり、前進とも言える。
お話を伺っていると、全体の方針や企画はサイバーエージェントに任せ、テレビ朝日は実現のためにリソースを提供している、という印象です。
早河会長:(AbemaTVに携わるテレビ朝日の)主要メンバーは社内会議に毎週集めて、作業を点検しながら、私も助言はしています。けれども、あくまで藤田社長の指示を優先すべきだし、「藤田社長の話をよく聞ききなさい」というのが、口癖のようになっています。もう、藤田社長に全幅の信頼を置いていますので。
藤田社長には、それがプレッシャーになっているかもしれませんが(笑)。
買収されるわけではなく、対等なパートナーとして付き合う点でかつてとは違いますが、ネットがテレビ局の敵だった時代からすれば、早河会長の決断は隔世の感があります。
早河洋(はやかわ・ひろし)。テレビ朝日会長兼CEO。1967年中央大学法学部卒、テレビ朝日の前身、日本教育テレビに入社。報道畑を歩み、2009年、生え抜き初の社長に就任。2014年から現職(撮影:的野弘路)
早河会長:僕はだから、インターネットの世界というのは見えないものだと思うんですよ。例えば三木谷さんのビジネスとか、堀江さんのやったこととか、それらが見えないがゆえに、採算性とか成功の度合いも見えず、みんな逡巡して決断しにくいところがあったと思うんです。
けれども、私は以前から、この種のものはスピードというのが絶対的な条件だと思っているんですね。だから、こういうものは合議制で決めるものではないし、会議であれこれ会社の方向性だとか中身だとかを協議するというのは、あんまり意味がないんじゃないかと思い、決心をしたというわけです。
それに、あれはどうしますか、これをどうしますかと子細に詰めていくと、テレビ的な価値観が絶対に出てきます。テレビ的な価値観とネット的な価値観、2つがぶつかると、この話はたぶんつぶれるだろう、という思いもありました。
だって、現実にテレビが退潮傾向という中で、「いや、テレビは絶対だ」と言って入っていくビジネス構想じゃないわけですからね。新しいものを生み出そうという提案ですから、それはのみましょうと。
早河会長を突き動かしたテレビ離れへの危機感
早河会長が「退潮傾向」と話すように、じわじわと進む「若者のテレビ離れ」への危機感が早河会長にはあった。
今年2月にNHKが発表した調査結果では、2015年に1日に15分以上テレビ視聴をした20代男性の割合が、5年前から16%減の62%と急降下した。内閣府によると今年3月末時点の単身世帯全体のテレビ普及率は92.2%。29歳以下の男性では約86%に低下する。
決断の背景にはテレビ離れへの危機感もあったのでしょうか。
早河会長:29歳以下の男性のテレビ保有率が86%。これはものすごいことじゃないですか。若年層がだんだんテレビというものを買わなくなっているという。
その層というのは車も買わないし、ゴルフもやらない。消費性向がだいぶ変わってきている層ですよね。特にうちなんかの場合は、ファミリー層をターゲットにしているテレビ局なので、わりかしシニア層は得意なんですけれど、ヤング層は他局よりも劣るところがあるんですよね。最近でこそ、だいぶ変わりましたけれど。
そこの穴埋めと言っちゃ変ですけど、広告主が一番注目している、いわゆる「F1層」とか「M1層」という層がインターネットで取れるということであれば、テレビ朝日から見るとバランスが良くなる。という思いも、どこかにありましたね。
電波で届ける従来型のテレビと、ネット経由で届けるネットTVについて、早河会長はどう将来を見通しているのでしょうか。
早河会長:テレビからスマホに映像へのアクセスを替えた世代が今後、10年、20年と歳を取っていくと、これは相当、様変わりするなと。つまり今、25歳の青年が20年後には45歳になりますから、今の若者層が主流になってくるわけですよね。その時に初めてテレビとネットというものの関係が新しい時代を迎える感じはします。私はその時、もういませんから、全然、構わないんですけれど(笑)。
その時にはテレビ産業というか、テレビ局としては、動画配信サービスとの巧みな棲み分けを確立しないとダメだと思うんですね。収益や視聴者、ユーザーと言ってもいいと思うんですけれど、軸足をどこに置くのか、補い合うような形にしていくのか。それをメディアとして問われているのが実は今で、僕も問われている。今はとにかく早くチャレンジしないと遅れてしまうという認識です。
今年の年頭の挨拶で言ったのは、テレビは転換期とか過渡期とか言われているけれど、もうそれは通り過ぎちゃったんだと。インターネットというテクノロジーの中にテレビがあるという認識を持ち、新しい時代のテレビ、あるいは新しい時代のテレビ朝日を構築する作業を始めないとダメだ、というようなことを言いました。
この問題意識は社内でそんなに共有されているわけではないんだけれども、でも反対する人もいない。だから私の選択を信じてちょうだいよ、ということです。
「エイヤ」でうまくやってきた
AbemaTVのゼネラルプロデューサーを務める宮本博行氏
アプリのダウンロード数は700万を突破したものの、週に1度以上AmebaTVを見たユニーク視聴者数は300万人規模。視聴者の規模も、世間へのインパクトも、地上波には程遠い。それでも「テレビマン」の士気はみなぎっている。
2002年にテレビ朝日に入社、「ロンドンハーツ」や「さきっちょ☆」などのバラエティー番組を手がけ、昨年、AbemaTVのゼネラルプロデューサーに就いた宮本博行氏はこう話す。「地上波の楽しさも知ってるけれど、辛さも知っている。地上波は失敗が許されない。今は常に攻めの姿勢で挑戦できることが楽しい。ここは、使えないやつが来る場所じゃない」
今のところ、トップダウンの決断を現場は「信じ」ている。この「求心力」はどこから来るのだろうか。
テレビ朝日の社長は歴代、筆頭株主である朝日新聞からの“落下傘”でしたが、早河会長が2009年、生え抜きで初の社長となりました。そのことが、早河会長の社内人気や人心掌握につながっている、と指摘する声もあります。
早河会長:それは、私の口からは、なかなか言いにくいですね(笑)。ただ、私はわりかし「エイヤ」で新しいことに挑戦するところがあって、悪戦苦闘しながらも、結構、うまくやってきたんですね。
何も独り善がりでやっているわけじゃないんですけれど、誰も何もやらない時というか、やっぱりこれは自分が決断しない限りダメだなと思うときは、エイヤで素早く決断することも結構あって、結果として、その打率が高かったから認められているということじゃないですかね。
例えば、「ニュースステーション(注:1985年に放送開始された「報道ステーション」の前身)」の初代プロデューサーを任命されて、伸るか反るかでやりましたが、最初の1年が低空飛行でね。社運を懸けて何だと随分、批判されました(笑)。
早河会長の成功体験は、最初に耐えることがポイントだと。
「ニュースステーション」の初代プロデューサーを務めるなど報道畑を歩んできた
(撮影:的野弘路)
早河会長:それはよく聞いてくれましたよ(笑)。夕方のニュースの2時間化も私がエイヤでやりましたが、1年間くらい視聴率が3%ぐらいで往生しました。社内からも冷たい目で見られまして、本当に、辞めようと思ったくらいです。ほとんど失敗しかけたんですけれども、でも結局、今はどのテレビ局も(テレビ朝日に追随して)長時間化になりましたよね。
直近のエイヤのAbemaTVは今、かなりの赤字だと思いますが、どのぐらい耐えるつもりでしょうか。
早河会長:そういうのは、言わない、ということにしているんですよ。藤田社長との暗黙の了解でね。
今はユーザーの関心をすごく集めていて、かつて経験したことのない広がりを見せている段階で、ビジネスとしてはこれから。やっぱり魅力的なコンテンツ作りと、視聴者・ユーザーへのサービス、この2つをきっちりと最優先でやっていくことが大事だと思いますね。
AbemaTVが今後、大きく躍進すれば、地上波のテレビ朝日の視聴者を奪う、という結果にもなりかねません。
早河会長:「カニバる」という言葉がありますでしょう。例えば、「相棒」という番組を「BS朝日」に出して、そっちが見られている場合、テレビ朝日の視聴率は下がります。すでにテレビ朝日とBS朝日はカニバっている。今みたいにデバイスが多様化して伝送路もいっぱいあると、ある程度は共食い状態になるんですね。各局、みんなそうですよ。
だから、AbemaTVとのカニバリズムも、ある程度はあります。その先、このままで行こうという経営判断をするのか、うまく棲み分ける努力をしなきゃいかんね、となるのかは、まだ分からないですね。
「地上波のテレビは生き残る」
早河会長:それに、視聴者が全部、地上波から離れてネットの方に行くというのは、あり得ないと思うんですよ。確かに、居間に座ってテレビ受像機をじっくり見るという若い世代は少なくなっているけれども、テレビをまったく見ないということはない。彼らがSNS(交流サイト)などで交わしている情報は、テレビ番組のことが多いんです。だから、地上波のテレビというのは生き残るだろうと。
国内では2020年にテレビ広告とインターネット広告が並ぶとされていますが、そういう資料なんかを読んでも、ネットがテレビジョンを駆逐していくことはあり得ないと専門家も言っていて。ですから、互いに排除するんじゃなく、補い合う関係になるのではないかなと思います。
ということを前提とすると、私はAbemaTVが将来、テレビ朝日のインターネット事業の中心になってくれるとありがたいなと。そうすると若年層を目指した広告でも、テレビ朝日がかかわりを持てるなと。
非常にかっこつけて言いますと、テレビ朝日は、ほかのテレビ局とはちょっと違う、時代の変化を見逃さない独創的なポジショニングに立ちたいと思っています。そのカギを握るのは、繰り返しになりますが、やっぱり魅力的なコンテンツでしょうし、視聴者・ユーザーへの手厚いサービス。それらを追求しながら、テレビとインターネットが補完し合ういい関係を目指したいということですね。
■変更履歴
記事掲載当初、2ページの囲み記事内、AbemaTV向けニュース専門チャンネルへのテレビ朝日の出資比率を「49%」としていましたが、「50%」の誤りです。本文は修正済みです [2016/09/12 13:00]
Powered by リゾーム?