日本の家電ベンチャーの代表格であるバルミューダ。レッドオーシャンと言われる市場に、デザイン性の高い個性的な新商品を次々と投下し、話題をさらっている。
2015年に「世界一のトーストが焼けるトースター」とうたった「The Toaster」が大ヒットすると、2016年には電気ケトルの「The Pot」、今年は蒸気で炊く炊飯器「The Gohan」を発売した。この勢いは止まらない。9月6日には電子レンジ「The Range」(次ページ写真)を11月下旬以降に発売することを明らかにした。
現在、国内の白物家電市場はほぼ横ばい。そんな中、なぜ果敢なチャレンジを続けられるのか。同社社長の寺尾玄氏が、その半生を振り返りながら自らの行動原則を語った。
寺尾 玄(てらお げん)氏
17歳の時、高校を中退。スペイン、イタリア、モロッコなど、地中海沿いを放浪。帰国後、音楽活動を開始し、大手レーベルと契約するなど、バンド活動に専念。2001年バンド解散後、モノ作りの道を志す。工場に飛び込んで教えを請うなど、設計、製造を独学で習得。2003年、バルミューダデザインを設立(2011年4月、バルミューダに社名変更)。同社社長。“そよ風”のような優しい風が心地よい扇風機「The GreenFan」や、スチームを使った絶妙な焼き加減を実現したトースター「The Toaster」など、業界を席捲するヒット商品を開発・販売。著書に『行こう、どこにもなかった方法で』(新潮社)がある。(写真=稲垣純也)
私は行こうと思ったらどんな場所にでも行けるし、何者かになりたいと思ったら、何にでもなれると思っています。これは私だけではなく、誰でも同じはず。生まれ、育ち、能力などよりも、そう思えるかどうか。みんなどこにでも行けるし、何にでもなれます。
こう言うと大半の人は「冗談でしょ」という反応を示すと思いますが、これは本当です。私がどうしてここまで言い切れるかというと、世界が〝可能性〟で満ちあふれていることを知っているから。できないことは確かにあるかもしれないが、「絶対にできない」とは言い切れません。不可能を証明することは、不可能だからです。
だから、私は挑戦できる
この論理から導かれるのは、「可能性は常にある」ということ。それを信じられるようになると、不可能と思われていることでも、ためらわずに挑戦できるようになる。その挑戦が不可能を可能にします。
「可能性はどうやっても否定できない。だからやりたいと思ったら、どんなことでも挑戦する」。これが私の生き方の原点であり、バルミューダの仕事の行動原則です。
可能性を信じれば、人生が楽しくなるし、仕事も面白くなる。けれども、可能性の存在を心から信じている人はあまりいません。学校は知識や常識を教えるばかりで、可能性を信じる〝自由な生き方〟は教えてくれないからです。私がなぜそれを知っているかと言うと、両親が教えてくれたからです。私は幸い、彼らの生き様から「どんなことでもできるし、何をしてもいい」ことを学びました。
突然、陶芸家に転身した父
1つ父のエピソードを紹介しましょう。両親は私が10歳の時に離婚、私と弟は父と一緒に暮らすことになりました。その当時の父は定職がなく、新聞や牛乳の配達、ペンキ塗りや下水道工事などをしながら生計を立てていました。
「The Range」は、スマートなデザインとシンプルな操作系が特徴。ダイヤルやボタンを操作した時に、アコースティックギターの音が流れる機能もある(無音設定も可能)。本体カラーは3種類。価格はブラックとホワイトが税別4万3500円。ステンレスは税別5万4500円。発売は11月下旬以降。
そんな父がある日、「オレは陶芸をやる!」と目を輝かせて言ってきたのです。スーパーに張ってあった陶芸教室のポスターを見た瞬間、なぜだか体に電気が走ったのだそうです。父は次の日には陶芸教室に出向き、1カ月後には先生よりもうまくなり、半年後には陶芸品店で自分の作品を並べてもらっていました。定職も持たず、2人の子供を抱えた40歳の父が、ある日を境に驚くべきスピードで陶芸家への転身を遂げたのです。やりたいことを見つけ、自分の力で人生を切り開いていく父の姿を間近で見て、私は圧倒されました。人は本気になったらとてつもない力が出る。どんな可能性もあり得るのです。
母はというと、「人はどんな時でも最大限、人生を楽しむべき」という考えを持った、父と同じく情熱的な人でした。そんな母は私が14歳の時、ハワイで亡くなりました。泳げないのに海でシュノーケリングをして溺れたのです。世間的に見れば無謀な行動のように思えるかもしれませんが、私は母らしい死に際だと思いました。泳げないにもかかわらず、きっと母は、目の前に広がるきれいな海を楽しもうとしたのでしょう。
私には母が「人生は短い。『やりたい』と思ったら、命をかけてやってもいい」と教えてくれているように思えました。母と同じような人は、「無理」と言われても、不思議そうな顔をして「なぜ?」と問い返す。そういう人が不可能を可能にし、世の中でイノベーションを起こすのだと思います。
「なぜ?」が不可能を否定する
私のように可能性を身近で感じる機会がなくても、思考習慣を変えれば可能性を信じられるようになると思います。その方法は、常に「なぜ? 本当か?」と考えること。私は何を見ても違和感を覚えたら「なぜだろう?」と考える癖がついています。この「なぜ?」という思考はとても重要。不可能を否定するキーワードだからです。
例えば、ある事業アイデアを考えている時、「みんなは無理と言っているが、それはなぜ?」「本当に無理?」「ちょっと自分でやってみられないか?」「どうすれば自分でできる?」「そのためには何が必要?」「必要なものを知るには、どこで情報を得ればいい?」と、考えを深めていく。すると、やるべきことが手元まで落ちてくる。この思考を習慣化すれば、不可能と思うことはなくなる。自然と可能性を信じられるようになります。
ちょっとしたことでも構わないので、「不可能と思われていること」に挑戦してみるのもいいでしょう。例えば、「誰も自ら近づかない、常に不機嫌な上司を笑わせる」。手段は問わない。あらゆる方法を試してみる。冗談が通じなければ、背後に回ってくすぐってもいい。遠慮や常識なんて無視し、とにかく「それは無理だろう」ということを〝崩す〟ことを最優先してやってみてください。
これは仮説を立てて実行し、失敗したら別の仮説を立てて再度試すという、可能性を使うプロセスです。仕事や人生を本当に面白く、楽しく生きるために絶対に必要な考え方だと思っています
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