メルカリ躍進の原点は「ミクシィでの教訓」
4年で“時価総額1000億円” メルカリ新社長が語る急成長の理由
不要になった商品を個人間で売買できるフリーマーケットアプリで国内最大手のメルカリ。今年4月にダウンロード数が5000万を突破。6000万に届くのも時間の問題だろう。2016年には年度決算が初めて黒字化。さらには今年7月、「株式の上場を東京証券取引所に申請した」と報じられた(メルカリ側はその後、報道内容を否定)。
後発組のメルカリは、プロダクトのクオリティーやマーケティング力の高さで出遅れをリカバリーしてここまで成長したと世間では受け取られている。しかし、そうした見方はメルカリの一面しか捉えていない。急成長を支えているのは、同社に根づくユニークな価値観と、それを働き方に取り入れている社員一人ひとりの力でもある。メルカリ急成長の秘密を、新社長の小泉文明氏が語った。
(まとめ=呉 承鎬)
小泉 文明(こいずみ ふみあき)氏
メルカリ社長兼COO。早稲田大学商学部卒業後、大和証券SMBC(現・大和証券)でミクシィやディー・エヌ・エーといったIT企業のIPO(新規株式公開)を担当。2007年にミクシィに転職し、執行役員CFOとしてコーポレート部門を統轄する。12年に退任後、スタートアップ支援を経て、13年12月メルカリに入社。14年3月取締役就任。17年4月、創業者の山田進太郎氏から引き継いで現職に就く。(写真=稲垣純也)
当社のフリマアプリ「メルカリ」は後発だったにもかかわらず、おかげさまで急成長してきました。その原動力は当社の「バリュー」にあると考えています。
このバリューは、「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」という当社のミッションに基づいて決めたものです(編集部注:会社の目的に当たり、「ビジョン」と表現する企業も多い)。バリューは「ミッションの達成」というゴールから逆算して決めた「重要な価値観」を指し、経営陣の好みで定めたものではありません。同時に「ミッションを達成するために、当社が社員の皆に求める行動様式」でもあります。
バリューは次の3つです。
■Go Bold
大胆にやろう
ミッションが視野に入れている「世界」では、激しい競争が起きています。売り買いの場を提供する「マーケットプレイス」事業は参加者数がサービスの価値を決め、2位以下は生き残れない“勝者総取り”。果敢にリスクテークして攻める姿勢は、勝つための絶対条件です。
■All for One
全ては成功のために
チームワークを非常に重視します。最高のプロダクトを作り、非常に困難なミッションを達成するには、「メンバーの力を結集する」精神が欠かせません。
■Be Professional
プロフェッショナルであれ
社員一人ひとりがオーナーシップを持って自由闊達に働き、専門スキルを磨き続けてほしいと考えています。
3つのバリューを3年以上掲げてきましたが、これは結果論で、私たち経営陣は年に1回バリューを再検討してきました。「会社の存在理由であるミッションは不変。しかし、バリューは事業の状況次第で、より良いものに進化させていくべき」と考えているからです。
年に数回開かれる経営陣の合宿では、バリューの再検討も議題に上がる(小泉氏は後列の一番左。前列の左から2人目が、創業者の山田進太郎氏)
ミクシィでの苦い経験
証券会社時代にIPOを担当したミクシィへ、後に転職。20代後半で、執行役員CFOとして経営陣に名を連ねた
実はこれら3つのバリューの策定は、2013年に当社に入社した私が最初に手を着けた仕事。というのも、かつてCFOを任せてくれたミクシィでの苦い経験があったからです。
ミクシィは皆さんご存じの通り、非常に強力なプロダクトで成功した企業です。残念ながら、会社の目的やその達成のために求められる価値観を社員に明確には示すことができなかったのですが、優れたプロダクトが“代弁”して、うまくいっていました。言い換えれば、「『プロダクトの成功』がミッションで、それを実現させるために必死にやっていく」状態だったのです。
ただし、どんなに素晴らしいプロダクトにもライフサイクルはある。振るわない局面を迎えると、ある社員は「こっちの方がいいのでは?」と主張し、別の社員は「いや、あっちでは?」と言い出して組織がバラバラになる状況に陥りやすい。
「会社を永続的に成長させるにはどうすればいいか?」と考え尽くして、1つの結論にたどり着きました。「会社は何のために存在するのか。そのためにどんな行動を取るべきか」を定め、社員全員に共感・納得してもらう必要があると思ったのです。その当時の反省から生まれたのが当社のバリューなので、とてもこだわっています。
バリューの社員への浸透度は高い。プリントしたグッズを積極的に作っていることも、その理由の一つ。シールをパソコンに貼ったり、Tシャツを着たりする社員をオフィスで見かけるのも珍しくない(写真=稲垣純也)
全社員が共有する価値観や行動様式を掲げる会社は、珍しくありませんし、当社のバリューが斬新とも思っていません。他社と大きな違いがあるとすれば、バリューの実践を徹底し、決して“有名無実な標語”にしていない点ではないでしょうか。バリューを3つに絞った理由も、社員の皆にスッと覚えてもらうためですから。
社員に「バリュー実践」を意識づける土台作りとして、ミーティングや「Slack」(ビジネスチャット)で、「それはもっとGo Boldに考えた方がいいのでは?」などと、意識的にバリューを使うようにしています。「Go Bold」とプリントしたTシャツ(注:1ページ目の写真で着用)やシールなどのグッズを作って社員に配ったり、会議室に「Bold」などと名前をつけたりして、「見える化」しています。皆がバリューを自然と口にするよう、とにかくしつこく刷り込んでいるわけです(笑)。
数値目標を達成しても、バリューを軽視していたら高く評価しない
バリューを実践できているもっと本質的な理由は、「人事評価の基準」にバリューを組み込んでいることです。どのように働けば会社は評価するのかを、社員の皆に明快に示しています。例えば、ある社員が数値目標を達成したとします。「パフォーマンス」(評価制度の1つ、OKR)としては評価しますが、チームワークを生かさなかったり、乱したりしたうえでの結果なら、「All for One」の観点で「欠けている」と判断し、トータルとしては高く評価しません。「人事評価ではバリューも重視し、数字というアウトプットだけが重要なのではない」という方針です。
3つのバリューを達成するバランスも重要で、いずれかが欠ければ高い評価をつけません。仮に、エンジニアが極めて高い専門スキルを身につけても(Be Professional)、チームの一員として動く(All for One)ことができなければ、「このままではメルカリに合わない」と判断せざるを得ない。誤解のないように言いますが、「人としていい、悪い」ではなく、「メルカリに合う、合わない」の話です。
社員の皆には、バリューに沿った自己評価を四半期ごとに提出してもらっています。例えば、シートの「Go Bold」の欄には「大胆にできたことや、結果から学んだこと」を書く。大胆にやった結果の失敗は会社としてウエルカムで、きっと学びがあるはず。問題は「書くことがない」事態です。ただ当社では、「空欄では会社に評価されない」という意識や健全なプレッシャーを全社員が共有しているので、日々の行動は自然と変わっていきます。
新卒・中途入社の採用基準にもバリューを組み込んでいて、応募者の方に担当者は3つの軸で評価をつけます。つまり、バリューに共感していない人はそもそも入社しないし、できない仕組みです。
社員には、これまでバリューを信じて行動に移してきたら、会社として大きな成果を出してきたという自負があります。一人ひとりのマインドが、「これからもバリューを信じ続けよう」とポジティブである点も特徴です。
このように、採用から社員の行動・マインド、評価基準、そして我々経営陣の意思決定まで、バリューという“1本の軸”が通っているのは大きな強みですね。
3つのバリューはどれも本当に重要ですが、特に「Go Bold」を大切にしています。口で言うのは簡単ですが、実際に「大胆にやる」のは非常に難しく、うまくいっている時はなおさらリスクを取らない傾向が強まります。どんな優秀な社員にも必ず“現状維持バイアス”がかかるので、現場で躊躇するシーンを見たら、基本的に「Go Boldにいこう!」と皆の背中を押すようにしています。これも経営陣が果たすべき大事な役割です。
そこで役立っているのが、先ほどお話しした「Slack」です。チャンネルのほとんどを社内でオープンにしているので、経営陣は現場で下される意思決定を把握できる。そして現場も経営陣が持つ情報にほとんどコンタクトできるので、オープンな場でGo Boldに経営判断していくことになる。情報の透明性が、会社全体を大胆な方向に導くのに一役買っているのです。
「やっていることを“前向き”に否定しよう」
もしかしたら、「自分の部署・職種では、業務をどうやってGo Boldにすればいいのかが分からない」と悩む場合があるかもしれません。先日も、カスタマーサポートの担当者が相談に来ました。私は、「返信で書く言葉を、一言だけいつもと変えてみるのはどう?」とアドバイスしました。
なぜなら、「より良いものに変える勇気を持つ大胆さ」がGo Boldの本質だと思うからです。仮に1%でも、毎日変えていけば5倍、10倍の“複利効果”が生まれてGo Boldにつながっていくはず。求められるのは「常に斬新なアイデアを出す」ことではありません。
Go Boldを実践するために、社員の皆には「常識を疑う姿勢を意識しよう」「やっていることを“前向き”に否定しよう」と伝えています。状況は目まぐるしく変わり、1日として同じ日はありません。成功しているやり方でも、「よりベターなやり方」になるよう常に考えるべきでしょう。
会社として、これだけ「Go Boldに仕事しよう」と社員を鼓舞している以上、ライフサイクルに伴うリスクへのセーフティーネットは会社が手厚く整備すると決めています。社員には“Go Boldな仕事”に安心して取り組んでほしいですから。「産休・育休中や介護休業中の給与100%保障」などの制度は、こうした考えに基づいて用意しました。
手厚く整備した人事制度は、まず経営陣が率先して活用し、社員が利用しやすい雰囲気を作るようにしている。上は執行役員VP of Engineeringを務める柄沢聡太郎氏が、育児休暇を取得した昨年の様子(当時は執行役員CTO)
現在、社員のバリュー実践度はかなり高いと思っています。ただ、手を緩めた途端に下がるでしょうから、油断は禁物です。
今後は「All for One」のさらなる強化に取り組むのが課題ですね。事業拡大に合わせて社員数が劇的に増えていて、社員同士のコミュニケーションは薄まりつつある。面識がない社員同士がつながる「シャッフルランチ」や「部活」といった試みをしていますが、まだやれる余地はあると思っています。
私自身の課題も、社員一人ひとりの様々な“他人事”をどうやって“自分事”にして関わるか。大きなハードルですが、ミッション達成のために、バリュー実践にこだわっていくつもりです。 (談)
メルカリ以前の足跡 幼少期~20代
250人超のサークルをまとめた大学生時代 “第4のバリュー”は「神は細部に宿る」
子供時代を振り返れば、小学生の頃からずっと、部活のキャプテンを任されていました。もともとは引っ込み思案でしたが、家が運動一家で私も運動神経だけは良かったものですから。それで小学3年生くらいから、クラスで目立つ存在になったんです。ほら、スポーツができる子は自然とクラスの中心になるじゃないですか。あれです(笑)。
大学生時代はアルバイトはほとんどしていません。当時はやっていた“裏原宿系ブランド”の行列に並んで買った服をオークションサイトで売って、小遣いを稼いでいました。「将来はビジネスをやりたい」とぼんやり思っていたものの、インターン(シップ)にも行きませんでしたし。典型的な“意識低い系”です。
自慢できることをあえて挙げれば、早稲田大学でテニスサークルの代表を務めて250人以上を束ねていたことでしょうか。サークルですから、参加は自由。でも運営する私はメンバーに参加してほしいから、あの手この手で活動を呼びかけるわけです。「どうすれば組織の皆がハッピーになったり、モチベーションが上がったりするか」を肌で学びました。「相手にどんなメッセージを伝えて、モチベートするか」という引き出しは、ひょっとすると一般的な経営者より多く持っているかもしれません。
こうした“マネジメント”経験は、今に生きています。「仕事のプロフェッショナル性」は、現場の人の方が経営陣より絶対に高い。だから事業の成功には、現場を担う担当者のモチベートが重要です。もちろん、メルカリで大事にしているバリューへのコミットも、社員の皆のモチベーションが影響します。
新卒で超ハードなIPO担当に
大学卒業後は、当時の大和証券SMBCに入社しました。配属された投資銀行部門は、扱う金額が大きくて戸惑いました。何せ「1」と言えば「100万円」の世界ですから(笑)。
1年目から、ミクシィやディー・エヌ・エーなどのIT企業のIPO担当に。「新規上場」という難度の高い“山”を、経営陣と二人三脚で登る。こんなハードな業務を3年間担当しました。相手は経営のプロですが、IPOではこちらがアドバイザリー業務を果たす必要がありますから、プレッシャーはとてつもなかった。当時は本当につらかったですね…。
そうした過酷な時期に、2つの素晴らしい言葉に励まされました。1つは直属の上司がかけてくれた「死ぬ気で細部まで手を抜かずに仕事をすれば、仮にミスしてもお客さんはおまえを守ってくれる」という言葉。もう1つは、ある経営者が教えてくれた「実現するまでやるだけ。難しくはない」という成功の秘訣です。
「神は細部に宿る」「最後までやり切る」。当社が大事にしているバリューの「Be Professional」に通じる考えで、これが自分の大事な職業倫理観になっています。私だけの“第4のバリュー”と言えるかもしれません。(談)
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