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次の「少年ジャンプ」まで生きようと思う人は、幸せです

糸井さん自身は、50歳でコピーライターから転身してほぼ日を立ち上げ、68歳でジャスダックに上場を果たされました。「変化」し続ける原動力は何でしょうか。

 「少年ジャンプ」の次の発売日までは生きていようと思う人は、たくさんいると思うんです。未来につながるようなワクワクする楽しみがある人は、幸せだと思う。一方で僕は、人に言えるような趣味がなくて、実は、明日も生きていく理由が少ない人なんです。だから、自分を動かすワクワクをいつも探しています。ツイッターなどで人とつながったりして見つけるんです。

 広告の仕事に限界を感じた40代の頃、仕事をやらずに年間140日ほど釣りばかりしていた2年間がありました。ワクワクに満ちたあの時間のおかげで、夢中になる自分を思い出し、心の底から生きていたいと思えるようになった。どうせ生きるならもっと面白いこともやりたいし、釣りばかりしていてもいけないとも思いました。絶対に嫌だと思う仕事を引き受けるのをやめ、厳選するようにしましたね。依頼があれば一晩寝て、僕がその相手から言われたのと同じ言葉で「一緒にやろうぜ」と言えると思えれば、引き受けようと決めたんです。

 その働き方は、50歳の時にインターネットに魅せられ、「ほぼ日刊イトイ新聞」という自前のメディアを始めてからも続いています。

 ワクワクするような夢中になれるものが今見つからなくても、自分で探したり、「一緒にやろうぜ」と思えることが増えれば、そのうちきっと見つかると思うんですよ、僕みたいにね。

糸井さん自身は、2025年には何をやっていると思いますか?

 引退して、社員が少ないアナーキーな会社を起業して、バカ笑いしながら何かやっているはずです。「そんなことしていいんですか!?」「いいんだよー!」って(笑)。

 ほぼ日は上場して規模が大きくなり注目度も上がってきて、楽しいことがたくさんできるようになりました。上場した1つの理由は、ちゃんとした組織にして、多くの人に評価していただきたいという思いがあったから。これからもっとたくさんの面白いことをやろうとしています。

 でもね、多くの社員がいるからできることと、少人数だからできることがそれぞれあるわけで。予算や儲けを気にせずに、自分も周りも心から面白がれることをやるのが、僕が最後にやりたい仕事かなと思っています。