「寛容な社会」は、ちょっと上から目線

多様性に対してもっと寛容になれる社会が実現すると。

:「寛容になる」というより、「当たり前のものを当たり前として受け入れる」という感覚でしょうか。「寛容」と言うと、ある固定化されたスタンダードからはみ出たものを“許す”という印象がありますよね。「上から目線」というか。

なるほど。失礼しました。

:いえ、多くの人が誤解しがちな重要なポイントです。人は誰でも他人と違った“マイノリティー性”を持っていることに気づき、お互いにそれをさらけ出し、尊重し合える社会を目指していく。それがLGBTの課題解消の先にあるゴールなのだと思います。

勝間和代(かつま・かずよ)さん
経済評論家/株式会社「監査と分析」取締役・共同事業パートナー。早稲田大学ファイナンスMBA、慶應義塾大学商学部卒業。当時最年少の19歳で会計士補の資格を取得、大学在学中から監査法人に勤務。アーサー・アンダーセン、マッキンゼー、JPモルガンを経て独立。

 イケメンで背が高くて高学歴で、一見何も弱みがなさそうな人でも、実は難病を抱えているかもしれない。つまり、100%順風満帆な人なんていないんです。でも、これまではそれを堂々と言いにくかった。必死に隠して無理して周りと合わせた結果、問題が肥大化して、突然の離職やうつの発症など深刻な状況を招いてきました。

:「みんな一緒だよね? 同じ集団だよね」と足並みを揃えるのは、大量生産型産業で経済を伸ばしてきた時代にはプラスに働いたと思います。同調意識が強い国民性が経済にも貢献した。でも、本当は私たちは皆違って、多様だった。

 多様性の否定による弊害に政府も気づいたので、「ダイバーシティー」を強調するようになったのでしょう。企業もまた、消費者の多様性を重視して画一的なマーケティングを脱しようとしています。

:7月に大和総研が発表したリサーチでは、政府が昭和40年代から家計調査の対象としてきた「4人世帯・有業者1人」の“標準世帯”は全世帯の5%未満になっているとか。「標準」や「普通」という枠で私たちをくくることに、すでに歪みが生じているのは明らかです。