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 そんな姿を見てくれていたトレーナーが、「中山さん、まだあきらめられないんでしょう」と、全国のトレーナー仲間に声をかけて、それぞれの専門分野のトレーナーが手助けをしてくれるようになったんです。トップレベルの頃の身体には戻れないにしろ、現状から、自分の体の動きをどこまで向上させることができるのか、挑戦しようと思いました。様々な人のサポートを受けながらピッチに立つことができれば、僕の勝ちだとも思ったりしてね。

 2年半ほどリハビリやトレーニングを続けた結果、やっと少しずつ走れるようになり、痛みで制限されていた動きもある程度できるようになりました。そろそろグラウンドで練習したいと思っていた時に、「うちでやればいいじゃないか」と、ジュビロ時代にお世話になった山本さんが声をかけてくれたんです。

 うれしいと思う半面、迷いもありました。心肺機能を落としたくないから室内で自転車を欠かさずこぎ続けていたし、いろんな部位を筋トレで少しずつ鍛えていたはずでした。でもエキシビジョンマッチに参加すると、試合後の囲み取材で、自分の声が遠くから聞こえてくるぐらい疲労困憊なんですよ。自身のイメージと現実の〝落差〟に愕然としましたね。何だこれは、全然ダメじゃないかと。

 そんな状態でトップを目指す集団に入っていいのかと思ったんです。当時、アスルクラロ沼津はJ3昇格を目指していたチームでしたから、生半可な気持ちで参加するのは失礼。だからこそ、覚悟を持って入団することにしました。

チームの一員として戦う幸せ

試合に出られない日々が約3年続いています。それでも、粘り強く継続できるモチベーションはどこから湧いてくるのでしょうか。

 最低週2回沼津に通っていますが、練習を終えて帰京する時は、いつも打ちひしがれていますよ。僕の経験が少しでも役立って、ハングリーな若い選手に何か刺激になればと思っても、なかなかそこまでいかない。自身のプレーも、「あれができなかった…」と腹立たしい。できることが増えたと思ったら、アキレス腱が痛み出して走れなかったりね。もがいていますが、試合に出場するまでにたどり着かないのが現状です。

 チームメートを含めた周囲に迷惑をかけたくないという思いも、正直あります。「僕の存在が迷惑であれば言ってください。外れます」とも伝えています。

 それでも、チームを少しでも高めるために強い気持ちを持って頑張りたいんです。そう思うモチベーションは、「チームの一員として戦える幸せ」ですね。試合には出場していないけど、自分が感じたことをアドバイスすることで試合に参加し、チーム一丸となって真剣勝負できる幸せです。プロサッカー選手としての環境を与えてもらっていることに感謝しかない。思い通りのプレーができない、試合に出られないというストレスは、プロのチームに所属しているからこそ感じられることですから。

 20代、30代前半の頃もチームへの貢献を第一に考えていましたが、それと同じぐらい自身のパフォーマンス向上や強さ、うまさなどを貪欲に求めていました。もちろん、日本代表としてワールドカップで戦うことは最大の目標であり、代表への憧れは今もあせません。

 でも、年齢を重ねると、後者を追い求めるのが難しくなる。老いやケガとあらがいながらプレーを続けるためには、コーチやトレーナーといった多くの方の力を借りるしかない。だから50代になった今も、挑戦できる環境をもらっていることに感謝しかないです。