サッカーワールドカップ(W杯)ロシア大会が14日、開幕した。日本は1998年に初めてサッカーW杯(フランス大会)に出場して以来6回連続の出場となるが、歴史的な日本のW杯初得点を挙げたのがこの人、中山雅史さんだった。今もなおJ3リーグ・アスルクラロ沼津で現役を継続する中山さんの、サッカーに対する情熱や、ゴールに飛び込んでいく“全身全霊”のプレースタイルなどについて聞いた(前・後編の2回に分けてお届けします)。

中山雅史(なかやま・まさし)氏
プロサッカー選手・元日本代表
アスルクラロ沼津所属
1967年静岡県藤枝市生まれ。アスルクラロ沼津所属のプロサッカー選手。ポジションはフォワード。筑波大学を経てヤマハ発動機(現ジュビロ磐田)。98年ワールドカップフランス大会で日本人初得点を記録。2002年ワールドカップ日韓大会にも出場。Jリーグ最優秀選手賞1回、得点王2回、ベストイレブンを4度受賞し、Jリーグシーズン最多得点、J1最年長出場記録。国際試合における最短ハットトリックのギネス世界記録保持者でもある。J1で157ゴール、日本代表では通算53試合で21得点を達成。12年に第一線を退き、スポーツ番組の出演やサッカー解説などで活躍。15年アスルクラロ沼津に入団し、ケガと向き合いながら再びピッチに立って戦うことを目指す。(写真:厚地健太郎、スタイリング:高橋京子、ヘアメーク:高柳尚子、衣装協力:ダンヒル)

チームメートのレベルが高かっただけ

2度の得点王、4試合連続ハットトリック、J1通算157ゴールなど数々の大記録を打ち立てました。1998年に日本が初出場したフランスワールドカップで、日本人初得点となったゴールは多くの人々の記憶に残っています。改めて、なぜこうした大記録を残せたと思われますか?

 小学4年生でサッカーを始めてから中学、高校、大学、ヤマハ、ジュビロ磐田と所属先のレベルが上がるにつれ、「僕はサッカーが下手だったんだ」ということに、気づかされていきました。

 ジュビロ磐田時代は、元ブラジル代表で3大会連続ワールドカップに出場したドゥンガ選手や、元日本代表の名波浩選手といったレベルの高い選手がチームにいて、フォワードの僕にボールをどんどん集めてくれたんです。