8年連続赤字からの脱出 稼ぐ社員の育て方
債務超過、賞与ゼロ…メガネスーパーの社員を変えた「3つの力」
8年連続の赤字、3度の債務超過、社員のボーナスはゼロ…瀕死の状態だったメガネスーパーをわずか3年足らずで黒字に転換させたのが、外部から招聘された社長、星﨑尚彦さんだ。星﨑さんは三井物産出身で、いくつもの企業を立て直した「再生請負人」。負け続けた社員をどのように「稼ぐ社員」に変えたのか。そのカギは自らが磨いてきた「3つの力」にあった。
(聞き手は飯泉梓)
星﨑尚彦(ほしざき・なおひこ)氏
メガネスーパー社長
1966年、東京都生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、三井物産に入社。99年、スイスのIMDビジネススクールに留学し、MBA取得。その後、宝飾業のフラー・ジャコージャパン、製靴業のブルーノマリジャパンなどの社長を経て、2011年にアドバンテッジパートナーズの要請で衣料品販売製造業のクレッジの再建を手がける。13年6月にメガネスーパーに入社。同年7月から現職。(写真:鈴木愛子)
危機的状態を抜け出すために、就任された2013年に思い切って事業の方向性を転換しました。
当初、「何もしなければ倒産する」という状態でした。そこで業界の常識だった「レンズは0円」という売り方をやめることにしたんです。10年前から競合の多くがレンズを無料にして、フレームのみの価格で販売するようになりました。当社もそれに倣って始めたのですが、価格競争に巻き込まれ、利益が出なかった。これをやめ、増加する中高年層をターゲットにして、接客重視の「アイケア」サービスに転換しました。
社員は納得しましたか?
いやいや簡単には納得しないですよ。180度の方向転換ですし、やったことのない挑戦はやっぱり怖い。「同業に顧客が流れてしまう」など「やらない言い訳」がたくさん出てきました。そもそも社員は、会社が危険な状態なのに、「どうにかなる」とどこか他人事なのです。経営に関する数値は本部だけが把握していたので、実感が湧かなかったのかもしれません。
危機感を持ってもらうにはどうすべきか。それには会社の状況を包み隠さず見てもらうのが一番だと考えました。そこで、ありとあらゆる数値をオープンにした。店舗ごとの損益分岐点、1商品当たりの利益など、社員の給料以外、会社の99%の情報を伝えました。すると、「大変な状況だ」と、社員の中に危機感が生まれたんです。
危機感を抱いた社員に、変化はありましたか?
すぐに危機感が浸透したわけではなく、社員も変わったとは言い難かった。「売り上げを伸ばせ」と言っても「できません」と。そこで社員を一堂に集めて、私から発破をかけることにしたのです。それが毎週月曜日に開く「アクション会議」です。参加するのは会議のテーマに関係がある社員すべてで、全国から召集しました。ただ、この時も社員は「わざわざ行くのは時間のムダ」とやらない言い訳をする。ですが、考えてみてください。演劇を鑑賞する時、DVDで見るのと、劇場でライブ鑑賞するのとでは心の揺さぶられ方が違いますよね。それと同じで、臨場感を体験してもらい、課題を共有したかった。だから参加すべきと突っぱねました。
会議はひとたび始まったら、休憩を挟まずノンストップで10時間ぶっ通しです。飲食は自由にでき、トイレも勝手に行っていい。実績や課題をすべて話し、やるべきことをどんどん決めていく。緊張感が生まれ、最後まで白熱したままです。この会議はネット中継されているので、社員は誰でも見られます。これを繰り返すことで、社員も少しずつ変化しました。情報を公開しているので「こうすれば利益が出る」など、数字を頭に入れた意見も出るようになりました。
アクション会議はスピードも重視。「後ほど」「別途ご相談」はNGワードだ
社員の実際の行動も変わってきましたか?
少しずつです。長年赤字だったため、社員は自信を失っていました。0円レンズを廃止して、売り上げを伸ばすにはどうすべきか分からなかったと思います。ただ、私から見ればやれることはたくさんあった。そこで、全国300店のうち、自ら直轄で運営できる店舗を6つ作り、「天領」と名づけて、まずはその店舗の改革を始めました。論より証拠で自分の背中を通じた説得を試みたのです。
接客の練習のほか、チラシを配る、看板を磨く、のぼりを立てるなど、些細なことですが徹底してやり切ると、少しずつ売り上げが伸びてくる。その様子を見て、社員からも、「接客はこの方がいい」などアイデアが出てきました。こうした試行錯誤の末に、細かく目の検査をして販売する方法を確立しました。今では有料の検査も実施し、1時間近くかけて一人ひとりに適切な眼鏡を提案しています。
「天領」以外の店舗では、どのように取り組んでいったのですか。
全国にいる社員全員が「やり切る」のは本当に難しいんです。変わったと思っても、すぐに元に戻ってしまう。ふらりと店舗を訪れてみると、POP(店頭販促)が使われずに山積みになっていたこともある。そこで始めたのが全国の店舗を回ること。それが私の苗字を取って名づけた「ホシキャラバン」です。社員を鼓舞し続ける方法を考えた末の結論でした。
一緒に店舗を回りたいと志願する社員とともに、マイクロバスを使って現場に向かいます。運転手を雇うお金はないので、私が大型2種免許を取得しました。店舗では約2時間をかけ、接客の改善点から店内の掃除、商品の陳列、のぼりの立て方まで指導します。経営判断が必要なことがあれば、移動中に関係者と会議をして、すぐに決めます。
店舗では社員と面談もします。名前だけでなく、これまでの勤務店舗、家族構成も頭に入れ声をかけると、心を許して、様々な情報や問題を話してくれます。改善すべきことが見つかれば、すぐに変えてしまう。始めて1年で400店舗回り、今も全社員1600人のうち、毎週800人以上に会っています。こうして「変化」を目にした社員は、「変わろう」と強く認識し、「すべきこと」を徹底してやるようになりました。
星﨑さん自らがハンドルを握り、店舗を回る。車内では「時間がもったいないから」と会議が開かれる。トランシーバーも常備し、車内の社員が関係者とやり取りする(写真上)。毎週800人近くの社員と会って話をする。「週に“9回”は社員と飲みに行きます」(星﨑さん)
意識改革の結果、業績はV字回復しました。
ただ、社員にはもっと意欲的に働いてほしい。そこでチャンスをどんどん与えています。本人が希望すれば、海外の展示会で商品を仕入れる大役にも抜擢します。本人は責任を感じ、一生懸命売ろうとしますから。
「マルチファンクション制」という制度も導入しました。1人の社員が「商品開発」と「販売」など2つ以上の仕事を担当します。他部門の課題や悩みを共有すれば、相手の立場に立った提案ができ、助け合いの精神も生まれます。
私が求めるのは、自分で考え、挑戦する社員です。一夜にしてそんな「稼ぐ社員」にはなれませんが、努力すれば必ずなれる。メガネスーパーの社員はそれを証明してくれていると思います。
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