齊藤孝「“論破好き”の私が論破をやめた理由」
理屈で相手を追い詰める快感の「副作用」【大人の人間関係力】
あるテーマについて立場を分け、直接討論するディベート。“イベント”としては面白いが、仕事上では役に立たず、感情的な対立を引き起こしてマイナスになることも少なくない。会議が自然発生的にディベート化しないように注意しよう。(まとめ:島田 栄昭)
齊藤 孝(さいとう・たかし) 1960年静岡県生まれ。明治大学文学部教授。東京大学法学部卒業。東京大学大学院教育学研究科博士課程等を経て現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。累計部数1000万部を超える著書を送り出したベストセラー作家でもある。2018年2月に、ビジネスに役立つ実践的な“人づき合いのコツ”をわかりやすく解説した『
大人の人間関係力』を上梓。(写真:平野 敬久)
学生時代、法学部に在籍していた私の得意技は「論破」だった。友人たちと居酒屋に行っては議論を吹っかけ、理屈で相手を追い詰めることに快感を覚えていた。
だが、次第に私は仲間内の酒席に呼ばれなくなった。いちいち理詰めで黙らされては、せっかくの酒がまずくなると考えたのだろう。これは当然の帰結だ。
以来、私は猛省することになる。筋の通った理屈で論破しても、そこには一文の価値もない。むしろ、人間関係を壊すという大きな代償がつきまとう。
特に日本人の場合、意見の対立は”感情の悪化”に直結しやすい。いわゆる「ディベート」の文化が定着していない以上、勝敗を白黒はっきりさせるようなコミュニケーション自体が、そもそも無意味なのだ。
勝っても相手は「動いてくれない」
これは、仕事上の会議や交渉についても言えることだろう。いくら対立点があったとしても、理論武装して相手を言い負かそうとか、ましてや相手の弱点を突いて黙らせようなどと考えてはいけない。その場の議論で勝ったとしても、相手の中に感情的な”しこり”を残すだけで、思い通りには動いてくれないだろう。それは結局、両者にとって不利益だ。
目指すべきは、あくまでも穏やかに、問題点を明確にして、お互いにアイデアを出し合う会議。多くのビジネスパーソンは、そんな会議や交渉を心がけているに違いない。
ところが問題は、議論が白熱し、いつの間にかディベート的な泥仕合の様相を呈してしまう場合だ。特に、トラブル処理などポジティブになりにくい議題の時は、責任の所在などを巡って水掛け論になることがある。ケンカ腰の2人が舌鋒鋭く批判し合い、場合によっては、「その言い方が気に入らない」といった人格批判にまで発展し、周囲の出席者は押し黙って嵐が過ぎ去るのを待つのみ、というのが典型的なパターンだ。
コミュニケーションが専門で、TVなどのメディアで活躍する明治大学教授の齋藤孝先生。“1000万部超え著者”でもある齊藤先生が、ビジネスに役立つ実践的な「人づき合いの技術」を1冊の本にまとめました。
コミュニケーションが少々苦手で、人間関係にストレスを感じ、仕事や生活が何だかうまくいかない――。『大人の人間関係力』は、そんな悩みを持つ人に向け、偉人たちの教えや自身の経験に基づく「人づき合いのコツ」をわかりやすく解説しています。
読めば、日々の人間関係のストレスから解消され、毎日がラクに。是非、お手に取ってご覧ください。
「感情的なしこり」を残さないための3つのクッション
こんな事態を避けるには、適切な“緩衝材”を用意することだ。簡単な方法を3つ紹介しよう。
第1は、「根回し」だ。会議の参加者に、あらかじめ「こういう議題を出します」と伝え、賛同を得ておく。一見すると裏工作のようでイメージは悪いが、当日にいきなり提出して、「こんな話は聞いていない」とヘソを曲げられるよりはいい。気分を害してしまうと、議題の中身とは関係なく反対される恐れがある。
また他の参加者にとっても、質問事項を挙げたり、対案を考えたりする時間を確保できるメリットがある。それを当日までにフィードバックしてもらえれば、合意点と論点はより明確になる。その時点で、「自分の主張を通したい」という対決姿勢より、「一緒に最終合意を目指そう」という共闘意識が勝るはずだ。
ホワイトボードを使ってガチンコ勝負を避ける
第2は、「ホワイトボードの活用」だ。今や会議室にホワイトボードは必需品だろう。それは議論の整理に役立つだけではない。全員の視点をそこに集めることで、人間関係のしがらみや力関係とは一線を画すことができる。
例えばある会議で、部長と課長と新人がそれぞれ案を出したとしよう。礼節を重んじる参加者としては、当人に向かって「部長案より課長案の方がいい」とか、「新人案が一番面白い」とは言いにくいはずだ。
あるいは部長と課長が犬猿の仲だった場合、お互いの案をつぶそうとディベートが始まってしまう恐れもある。
しかし、これを「A案」「B案」「C案」として要約をホワイトボードに記せば、それぞれの案は人格と切り離される。当人に向かって直接意見する形にならないため、忖度や対決の図式は緩和されるわけだ。議論はしやすくなるだろう。
「全員発言」でクールダウン
そして第3は、「全員発言の原則」だ。これは主にファシリテーターの役割だが、特定の2人の会話がヒートアップしそうになったら、すかさず他の誰かに意見を求める。これによって場を沈静化させ、議論を軌道修正する光景は、討論番組などでもよく見かけるのではないだろうか。
特に新人や若手など発言力の弱い人にこそ、「どう思う?」と問いかけ積極的な発言を促すのがポイントだ。全員が満遍なく発言するような会議なら、個人的な感情のもつれには発展しにくい。
それはちょうど、目まぐるしくパスを回しながらゴールを目指す“全員サッカー”のようなものだ。チーム内で足を引っ張り合うのは言語道断で、協力し合わなければ結果を残すことはできない。
もちろん、意見を求められた際に「特にありません」「よく分かりません」は禁句。何も言えないなら、そもそも会議に参加する意味がない。実りの多い会議にするには、それなりの覚悟と緊張感が必要なのだ。
意見の対立から生まれる気まずさを防ぐ3つの方法
- 1. あらかしめ議案を伝えるなど、事前の「根回し」を忘れずに
唐突に議案を出して通そうとすると、「こんな話は聞いていない」と心象を悪くする参加者もいる。意固地になって反対される恐れも。あらかしめ議案を伝え、感触を得ておくのが得策。
- 2.「ホワイトボード」で意識をずらす
対面で意見を言い合うと、つい感情的になりがち。ホワイトボードに案を書き出せば、参加者全員の意識を発言者ではなく提案そのものに向けられる。面と向かって言いにくいことも、ホワイトボードの「文字」に対してなら言いやすいはず。
- 3.「全員発言の原則」を徹底しよう
発言が特定の人に偏ると、つい余計なことまで話し出す恐れがある。参加者全員が均等に発言すれば、感情的な対立には発展しない。競争関係でなく協力関係を築くのがポイント。
Powered by リゾーム?