「行った先が大変なところだったんです。トーマス・ジェファーソンの出身校で、開拓時代のファッションの人がまだ歩いているような街にあるんです。アジアからの留学生は1人だけでした。入学早々にハリケーンで1カ月半、学校閉鎖になりました。避難するにしても、自分で考えて行動するしかない。こういったことを乗り越え、娘は強くなったのだと思います。このときお世話になったお宅が4年間のホストファミリーとなりました」

 もともとスポーツ好きだった為娜は、体育の教師かオリンピックに関わる仕事をしたいという夢を持っていた。大学ではビジネスを学んだが、同時にスポーツ系の学位も取得してダブルメジャーで卒業した。両親はそのことを知らされていなかった。

 「卒業後、ワシントンのホテルに就職が決まっていたのに、どうしてもスポーツに関わる仕事がしたいとNBA本社に就職してしまったんです」

 「ホテルの仕事をしないなら援助は打ち切る」と宏道は言った。為娜はそれを受け入れた。楊秀瑛が続ける。

 「『大丈夫です、そのためにお金を貯めていたから』と言って、そのまま就職してしまったんです。しばらく父親とは会いませんでした。その後もNBA CHINAで北京オリンピックに携わったり、シンガポールのセントーサ島にあるリゾート・ワールド・セントーサのユニバーサル・スタジオで働いたりして、自分でキャリアを築いてきたんです。強いですよ。一切頼らずにやってきたんです」

 現在は、シンガポールでスポーツ系のビジネスのスタートアップに携わっている。宏道は言う。

 「わずか4人の会社だと聞いています。営業本部長としていろいろなことをやっているみたいです。社長は年下だそうです。でも良かったなと思いました。それまでの大きな組織よりも、学べることはたくさんあると思いますから。広い視野を持てればいいと思います」

経営幹部も次の世代に備える

 龍門グループの幹部たちも、後継者について意識し始めている。重慶飯店総支配人の安藤直昭は、すでに気をもんでいる。

 「タッグを組んで、次の社長を盛り立てていかないと。その中心を担うのは今の50代なんですよ。そろそろ準備を始めなければいけないタイミングです」

 ローズホテル横浜の副総支配人、渡部一樹はまさにその50代。事業承継を意識している。

 「いずれ必ず、やらなければならないことですから。私も50代になりましたので、どれだけお手伝いができるのかを考えています。やるべきことが明確ではありませんが、やり遂げようという気持ちはあります」

 食品事業本部本部長の大木忠彦は、入社時に宏道の意志を強く感じたという。

 「いろいろ課題はあっても次世代に引き継ぐまでに整えておきたいという気持ちが強いと思います。早ければ5年、長くても10年くらいの間に整えたい。そのために食品事業の体制も整えたいから来てほしいということだったと思うんです。自分の年齢を考えても、それまでにしっかりやらなければと思ったんです」

 重慶飯店別館の料理長、木暮浩三は今後に期待している。

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