1983年に龍門グループ(横浜市)の経営に参画した李宏道に、これからを問うと、こんな答えが返ってきた。「私たちのブランドを輝かせ続けます。これからも新たな挑戦者が出てくるでしょう。それはつまり、私たちもさらに挑戦を続けなければならないということです。これからも恐れずに挑み続けていきます」。そして、92年から加わった李宏為は、次の世代へのバトンタッチに思いをはせる。

 中華料理店「重慶飯店」のブランド力を生かしてフランチャイズ展開を始めたり、宿泊施設「ローズホテル横浜」を軌道に乗せるなど、龍門グループの成長を率いてきた社長の李宏道にはもうひとつ、大きな仕事が残されている。創業者である李海天、呉延信夫妻が亡くなった後、宏道と専務である李宏為の兄弟が二人三脚で行ってきた龍門グループの経営の後継をどうするかということだ。2人は2年ほど前から今後についての話し合いを重ねてきた。

 宏道には娘が3人、宏為には娘が1人。2人が決めたのは、1人に委ねたほうがいいということだった。宏道は言う。

 「時代は変わったと思います。日本の老舗企業も、最近は創業家の1人が承継している。一族で関わるものではないと、宏為と意見が一致しました」

重慶飯店本館の定礎式で、聖書を地中に埋める為娜を見守る李宏道(右)と宏為(左)

 宏為はもともと娘を自分のビジネスに関わらせるつもりはなかった。宏道は、早い段階から長女の為娜を候補に考えていた。それは、李海天の思いでもあった。

 「父は早くから心に決めていたようです。為娜が学校に上がるとき、横浜ではなく、『東京のインターナショナルスクールに入学させろ』と言ったのは父だったんです。そのために私たちは、横浜から東京に引っ越しをしなければなりませんでした」

多様性の環境で育てる

 李海天にすれば、可愛い孫と離れてしまうのだ。それでも、東京行きを宏道に勧めたのには理由があった。

 「これからは、もっと視野を広く持たないといけない。父には見えていたんでしょう。今は分かりませんが、当時は横浜のインターナショナルスクール以上に、東京のインターナショナルスクールには多様性があってスケールが大きかった。だから、娘のネットワークは素晴らしい。全世界に友人がいます。父のアドバイスのおかげだと思っています」

 李海天の大きな視点を、為娜も受け継いだのかもしれない。大学進学にあたって自ら選択した先は、アメリカだった。すべて自分一人で決めた。宏道の妻であり、為娜の母である楊秀瑛は言う。