中華料理店「重慶飯店」が成功、中華菓子の売店も展開と、堅調に成長を続ける龍門グループ(横浜市)。次の事業の柱として着手したのが、ホテル事業だった。敷地は約900坪で地下2階地上10階建てという大規模ホテルは、開業当初からオペレーションが混乱して売り上げが低迷、設備投資に伴う巨額の借入金が経営を圧迫した――。

 1981年、横浜中華街に誕生したホリデイ・イン横浜(現ローズホテル横浜)は、間違いなく異端のホテルだった。

「ローズホテル横浜」(旧ホリデイ・イン横浜)。フランチャイズ契約の打ち切りを期に、自前のブランドを立ち上げた

 大手飲料メーカーのキリンビールから2017年に転職し、龍門商事食品事業本部本部長となった大木忠彦が、その異端ぶりを端的に語ってくれた。

 「一般的に、飲食店がホテルを開業するなんてあり得ないんです。ホテルは装置産業ですから、飲食店が簡単に手を出せるような世界ではない。実際、多くのホテルは大資本が手がけています。そして外部の関係者と徹底的にコラボレーションしていくんです」

 しかし、ホリデイ・イン横浜は、飲食店の重慶飯店が自分たちで手がけたホテルだった。しかも、横浜中華街で初めての国際級シティホテルだ。ホテルという複合的な施設を持つことによって、横浜中華街は単なる飲食街ではなく、多様な街へと変身できたのだ。

開業から3年で支配人は4人

 台湾からやってきた李海天という華僑が、日本で国際級のシティホテルを経営するということも初めての出来事だった。華僑が個人オーナーとしてシティホテルを経営するのも、極めて珍しいことだった。

 それだけにホテルの運営は簡単なことではなかった。開業から3年間、経営状態は壊滅的となる。宿泊客は集まらなかった。最初の結婚披露宴では、マイクが故障して使用できず、料理を運ぶ段取りも悪かった。そんな不名誉な評判が広がり、キャンセルが相次いだ。

 3年間に総支配人は4人も交代した。有名ホテルから迎えた支配人もいたが、いずれもオーナーとの経営方針や運営方法が合わずに退職してしまった。龍門グループの社長を務める李宏道が入社する前のことである。宏道は言う。

 「結局、経営ができていなかったんです。経営を主導していたのは母でしたが、母の期待することができていなかった。両親は切羽詰まっていました。すぐに結果を出さなければならなかったんです」

 切羽詰まっていたのには、理由があった。多額の借入金があったからだ。ホテル開業までの数年間、過剰な投資が行われていた。第一、第二売店の購入をはじめ、ホテル用地の買収、横浜中華街東門近くの1600坪の用地の買収など、立て続けに大規模な投資が行われていたのだ。その上、国際的な一流ホテルを目指したため、想像以上に多額の建設費を注ぎ込むことになった。