哨戒機「P-1」 。イージス・アショア導入決定のしわ寄せで導入予定数が減ると指摘されている(写真:Shutterstock/アフロ)
政府は今年末をめどに「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」を改訂する。前回の改訂から5年。この間に北朝鮮は核・ミサイルの開発を大幅に前進させた。トランプ政権が誕生し、米国の安全保障政策は内向きの度合いを強める。
改訂に当たって我々は何を考えるべきなのか。立憲民主党の福山哲郎幹事長は「いまは北朝鮮との対話機運が高まっている時期。いたずらに脅威をあおることをすべきではない」と訴える。同氏は民主党政権で外務副大臣、内閣官房副長官(外交安全保障担当)、参院外交防衛委員長を歴任した経験を持つ。
(聞き手は 森 永輔)
今回、「防衛計画の大綱」*1と「中期防衛力整備計画」*2を改訂するに当たって、福山さんが重視するのはどんな点ですか。
*1:防衛力のあり方と保有すべき防衛力の水準を規定(おおむね10年程度の期間を念頭)(防衛白書 平成29年版) *2:5年間の経費の総額と主要装備の整備数量を明示
福山:そもそも今、防衛大綱を改訂する必要があるのでしょうか。5年ごとに改定する義務はありません。平昌五輪を境に、北東アジア情勢は対話の機運が高まっています。それに水を差すような行為を日本が取るべきではありません。
福山 哲郎(ふくやま・てつろう)
1962年生まれ。1986年、京都大学大学院法学部研究科修士課程を修了し、大和証券に入社。1990年に松下政経塾に入塾。1998年に参院議員に初当選。2009年から民主党政権において、外務副大臣、内閣官房副長官、参院外交防衛委員長を歴任。2017年、立憲民主党の創設に参加。現在は同党幹事長を務める。(写真:菊池くらげ、以下同)
加えて、米国がトランプ政権となり不確実性が増しています。この時期に日米一体化の方向性を強く打ち出すとしたら、リスクがあると思います。11月に行われる中間選挙も、2020年の大統領選挙もどうなるか分かりません。中東の情勢は不安定なまま。米中間の貿易摩擦が日本の安全保障にどの程度影響するかも見えない状態です。
安倍政権はこの時期に改訂する理由を明確に説明するべきです。
これまでの経緯を振り返ってみましょう。安倍晋三首相が今年1月22日に行った施政方針演説の中で防衛大綱の見直しに言及したのが始まりです。その後の審議の中で、南西諸島の防衛、弾道ミサイル防衛、宇宙・サイバー空間の防衛を強化する必要があると答弁しました。この時は北朝鮮の核とミサイルの問題がクローズアップされていた時期。「米国と北朝鮮が開戦か」という見方も確かに出ていました。
しかし、北東アジアの環境はその後、大きく変わっています。北朝鮮が平昌五輪に参加。その後、南北首脳会談、米朝首脳会談と続き、融和と対話のプロセスに入りました。私も気を緩めてよいと考えているわけではありません。「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化」(CVID=Complete, Verifiable, Irreversible Denuclearization)がスムーズに進むとは思えない状況です。制裁も警戒も緩めてはならないとの立場です。
とはいえ、これまでの20年間において、考えられないような変化が起きたことは認めざるを得ません。南北や米朝など、幾度も首脳会談が開かれました。南北は2035年のオリンピック共同開催を推進することまで合意しました。北朝鮮が姿勢を改める兆しがある今、1月時点の認識を見直すことなく大綱の改訂を進めるのは、いささか官僚的。日本が危機をあおっていると、国際社会からみなされかねません。この情勢を改めて評価する必要があるでしょう。
それなのに、自民党は5月、「新たな防衛計画の大綱及び中期防衛力整備計画の策定に向けた提言」を発表、8月には政府が「安全保障と防衛力に関する懇談会」を開始。評価を改めることなく、改訂を進めようとしています。
このタイミングで重要なのは、CVIDの実現と北朝鮮が求める体制保証が並行して進むよう、日米韓が協力して外交を進めることです。CVIDだけを先行して進めることは歓迎ですが、北朝鮮はなかなか了解しないうえに、中国やロシアの協力が得られないので難しいでしょう。一方で、体制保証だけが先行するのを見逃すわけにはいきません。拉致問題を抱える日本は米韓以上に難しいかじ取りを求められます。
民主党政権時代から安保情勢は変わっていない
さらに、大きくとらえれば、対中国や対ロシアを含めて北東アジアの安全保障環境は、私たちが民主党政権で22大綱(「22」は平成22年を意味する。2010年に閣議決定)を定めた時から変わっていません。22大綱ですでに、北朝鮮による挑発行動、中国の軍事力の急速な拡大と活動の活発化、アジア太平洋地域の安全保障環境の一層の安定化とグローバルな安全保障環境の改善により脅威の発生を予防する、といったことに言及しています。「海洋、宇宙、サイバー空間の安定的利用に対するリスクが新たな課題となってきている」点も2010年時点で指摘していました。
振り返れば、自民党政権が策定した現行の25大綱(2013年に閣議決定)も22大綱の延長線上のようなものでした。25大綱が定める「統合機動防衛力」は22大綱が定めた「動的防衛力」*3の焼き直しのようなものです。意味があるとすれば、25大綱の決定と並行して、国家安全保障戦略を定め、国家安全保障会議を設置したことでしょう。安倍首相がやりたいと考えていたことをやった、という国内政治上の意味は理解できます。しかし、防衛戦略としてどれだけの価値があったかは疑問です。
*3:22大綱は動的防衛能力を「新たな安全保障環境の下、今後の防衛力については、各種事態に対し実効的な抑止と対処を可能とし、アジア太平洋地域の安全保障環境の一層の安定化とグローバルな安全保障環境の改善のための活動を能動的に行い得る動的なもの」と定義している
あれから5年で再び改訂を目指す。改訂するならば、現行の大綱の評価と検証をまずすべきではないでしょうか。現行の大綱は「留意事項」として以下を定めています。
Ⅵ 留意事項:
1本大綱に定める防衛力の在り方は、おおむね10年程度の期間を念頭に置いたものであり、各種施策・計画の実施過程を通じ、国家安全保障会議において定期的に体系的な評価を行うとともに、統合運用を踏まえた能力評価に基づく検証も実施しつつ、適時・適切にこれを発展させていきながら、円滑・迅速・的確な移行を推進する。
なぜ改訂する必要があるのか、防衛省に問い合わせてみました。しかし、説明を聞いてもまったく分かりませんでした。「厳しい安全保障環境」「宇宙・サイバー領域への対応」「日米同盟およびインド、豪州との関係強化」などが理由とのこと。2010年時点と何ら変わりはありません。
念のため申し上げると、私は大綱を改訂してはいけないといっているのではありません。改訂するならば、その意義を明確にすべきだし、適切なタイミングで実施すべきといいたいのです。
安倍政権がやりたいと考えているであろう3つのこと
福山:安倍政権のこれまでの行動から推し量ると、新たな防衛大綱に盛り込みたいのは次の3つと考えられます。①集団的自衛権の限定行使に向け自衛隊の活動領域を広げるとともにそのための部隊と装備を整えること、②敵基地攻撃能力の導入、③イージス・アショアの導入です。それならそうと明らかにし、これらがなぜ必要なのか理由を説明すべきでしょう。
集団的自衛権の限定行使について、米国は日本に何を求めているのでしょうか。一切、明らかになっていません。
安保法制を審議する過程で、安倍政権は集団的自衛権を限定行使するケースは二つしかないと説明しました。一つは、イランがホルムズ海峡を機雷で封鎖する事態における掃海。もう一つは、北朝鮮が韓国に侵攻する朝鮮半島有事において、邦人輸送やミサイル防衛に当たる米艦を防護する事態です。赤ちゃんを抱いた女性を描いたパネルが話題になりました。このどちらも立法事実としてあり得ないことを政府は認めざるを得なくなりました。それなのに、なぜ、強行採決までして集団的自衛権の限定行使を可能にしたのか。
安倍首相は、憲法の要請である「専守防衛」を守るといいます。しかし、集団的自衛権の限定行使容認と専守防衛が整合するのでしょうか。
敵基地攻撃能力の導入は、日米同盟における両国の役割--日本は「盾」、米国は「矛」--を根本的に変えるものです。敵基地攻撃能力は“コボコ”(小矛)ですから。この点について日米がどう整理し、米国が日本に何を求めているのか、明らかではありません。
また、どの程度のコボコをやるかについて、国民の合意は全くありません。さらに憲法との関係で見た場合、これが「必要最小限度の実力」の範囲にとどまるのか明確でない。軍事的効用の大きさも分かりません。
矛の役割を論じる前に、そもそもの役割である盾の役割が十分なのか考えるべきではないでしょうか。これが不十分で米国の支援を受けることになれば、米国の矛の能力を削ぐことにつながります。
イージス・アショアについて、防衛省は概算要求で2352億円(2基分)を計上しました。これに対する不安の声が自衛隊の現場から私の元に届いています。既存装備の増強やメンテナンスに充てる予算が削られ支障をきたすのではないか、と。この不安にどう応えるのでしょうか。
イージス・アショアの導入はFMS*4になります。導入が進むにつれて必要な予算が拡大する懸念があります。ひと頃は1基800億円といわれていましたが、すでに2基で2000億円超です。導入する迎撃ミサイルの数を増やせば、その分、必要な予算も増えていきます。
*4:有償海外援助 。Foreign Military Salesの略。米国が採用する武器輸出管理制度の1つで、武器輸出管理法に基づく。購入する国の政府と米国政府が直接契約を結ぶ。米国が主導権を取るのが特徴。価格は米国政府が決める。納期が遅れることも多い。最新の装備品などは、FMSによる取引しか認めない場合がほとんどだ。
防衛省から漏れ伝わってくる情報によると、新たな大綱で以上の3点に具体的に言及する気はないようです。憲法にかかわる議論が再燃するのを恐れているのではないでしょうか。来年は統一地方選挙と参院選挙が控えています。
イージス・アショアは見直しを
これまで触れていただいた3点について順に伺います。福山さんは敵基地攻撃能力の導入をどう思いますか。
福山:私は反対です。“コボコ”ですから。
現在は米国が十分な矛の能力を持っており、抑止力が働いています。ゆえに日本は盾の役割に徹する。盾を充実させ、米国が矛に専念できる状態を作ることが重要です。
そもそも日本は敵基地攻撃に必要な制空権を確保する能力も、北朝鮮のミサイル発射基地を探し出す能力や衛星も持っていません。
米国の矛の能力に依存すべきではない、という議論があります。その立場に立つならば、米国が日本に、どのような矛の機能を求めているのかを明らかにし議論すべきでしょう。さらに、日本が矛の機能を持つようになれば、集団的自衛権の行使は「限定的」ではすまなくなるでしょう。それでよいのでしょうか。
さらに、すでに保有している装備の拡充・入れ替えと敵基地攻撃能力の導入のどちらを優先することが最適なのか検証する必要があります。盾の装備が不足している中で、矛の能力を部分的に整えたところで、日本の安全を担保することができるでしょうか。
イージス・アショアの導入はいかがですか。
福山:立ち止まって考え直す時期だと思います。北朝鮮の核・ミサイルの脅威が高かった1月の時点までは「否定しない」という立場を取っていましたが。
地域住民の健康を保証し理解を得ることが先決ですね。候補地の一つ、むつみ演習場がある山口県阿武(あぶ)町の花田憲彦町長が9月20日に反対を表明しました。
もう一つの候補地である秋田市の新屋演習場はまったくの街中にあります。イージス・アショアのレーダーが発する強い電波が住民に被害を与えないか強い懸念があります。
さらに時間の問題があります。イージス・アショアを稼働させるのに6年かかるといわれています。これだけの時間をかけて間に合うのでしょうか。その前に北朝鮮がCVIDを実現し、平和条約が締結されているかもしれません。
繰り返しになりますが、既存の装備の拡充、メンテナンスにも影響します。イージス・アショアを導入するため、いくつかの装備の導入が滞るようです。例えば概算要求では、P-1哨戒機の導入が予定よりも減ると指摘されています。
盾の役割をきっちり果たし米軍の支援を担保する
日本は盾の役割をきちんと果たせるようにすべきとのお話です。そのための装備で欠けているのは何ですか。対北朝鮮ではどうでしょう。
福山:それを評価するのは難しいですね。政権はいつも「万全です」「万全にやります」と言ってきました。民主党政権も例外ではありません。しかし、現実には万全ではなかったわけです。現にイージス・アショアを導入するわけですから。
ここで大事なのは、イージス・アショアを導入するのが正しい選択なのかを議論することです。例えばイージス艦の数を増やすほうが合理的なのかもしれません。もしくは地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)*5が正しい選択なのかもしれません。こうした議論がなされていないことが問題ではないでしょうか。
*5:イージス・アショアはミッドコースを飛行中のICBMを迎撃する。ミッドコースはロケットがエンジンの燃焼を終了し、宇宙空間を慣性飛行している状態。この後、大気圏へ再突入する。一方、THAADは地上に落下するターミナルフェーズにおける高度の高いところで撃ち落とすことを想定している。低い高度は空自が持つパトリオットミサイルが対応する。
米国との貿易摩擦を解消する手段としてイージス・アショアを導入したという見方があります。それが本当かどうかはわかりません。しかし、防衛装備の整備に政治が影響しているとしたら、これは懸念すべき事態です。
対中国で見た時、盾の役割を果たすための装備は十分でしょうか。
福山:こちらは十分な状態にすることはできないでしょう。中国の軍事予算の伸びを考えた時、軍事力でパリティを維持するのは現実的ではありません。
ただし、領域警備法を制定するなど、できることはあります。2015年9月に民主党と維新の党で、領域警備法の案を共同提案しました。尖閣諸島をめぐる事案ではまず海上保安庁が対処する、必要に応じて自衛隊に対処を引き継いでいけるようにすることで、抑止力を保つよう狙ったものです。
そして、足りない部分は日米同盟で補う。2010年に尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の監視船に衝突する事件が起きた時、ヒラリー・クリントン国務長官(当時)が尖閣諸島を適用範囲であることを認めました。
だとすると、有事の際に米国が約束通り矛の役割を果たしてくれるよう担保する措置が重要になりますね。安倍政権は集団的自衛権を限定行使できるようにすることがその措置だとしています。福山さんはこれには反対ですよね。別のアイデアがありますか。
福山:集団的自衛権を限定行使できるようにしましたが、これで果たして、米軍の来援を担保できているでしょうか。できてないでしょう。憲法解釈を変え、安保法制を強行採決までしましたが、担保できていないのです。
ただし、日米安保条約は厳然として存在しており、抑止力として働いているのも事実です。これを確実なものにするには、やはり、盾の役割をしっかり果たすことだと思います。個別的自衛権の範囲で、専守防衛をしっかりやる。
トランプ政権の不確実性を軽視してはならない
冒頭で、トランプ政権の不確実性に触れられました。これを説明していただけますか。
福山:周辺事態法を重要影響事態法に改め、日本は重要影響事態において、地理的な制約なく、米軍に後方支援を提供できるようになりました。だからといって、あえて、日本の側から米国に一体化を求めることはすべきでないということです。
専守防衛、集団的自衛権は行使しない、というこれまでの日本の安全保障政策を逸脱することになりかねないからです。
イスラエルとイランの関係がさらに悪化し、中東で軍事紛争に至る可能性が否定できません。その時に、日本に後方支援などの要請が来る懸念がある。
福山:そういうことも考えておくべきだと思います。もちろん、一概に、日米同盟をないがしろにしてよいとか、トランプ政権と距離を置くべきだ、と言っているわけではありません。
F-Xの自主開発は日本の技術力に懸念
最後に防衛装備品の海外移転についてうかがいます。政府は、25大綱を閣議決定した後の2014年4月に防衛装備移転三原則を策定し、移転を認める条件を明示しました。この点も次の大綱で触れる大きなトピックになると考えます。移転を認める動きは、民主党が政権にあった2011年11月に出した藤村官房長官談話が起点でした。
福山:防衛装備の海外移転は抑制的に運用すべきと考えます。殺傷能力のある武器ではなく、海難救助艇などが対象として適切ではないでしょうか。今、US-2の話が進んでいますね。
関連してF-X(次期戦闘機)については、日本の主力企業が中心となって、海外と共同開発するのが現実的な解だと思います。
現行の支援戦闘機「F-2」の後継として、2030年をめどに導入することになっている次期戦闘機ですね。日本による独自開発、外国との共同開発、外国からの輸入の3つの選択肢が想定されています。
福山:共同開発を考える理由は3つあります。1つはトランプ政権。貿易赤字を解消する一環で米国製の購入を強く求める可能性があります。2つ目は、サイバー戦や電子戦を考えた時、海外企業が持つ知見を生かすのが合理的であること。そして3つめは日本企業の技術力に対する懸念です。残念ながら日本の製造業の力が以前より落ちている現実を直視する必要があります。
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