この問題に関しては、日米と中国の間に認識の違いも存在します。中国にとって、南シナ海の軍事プレゼンスを高めるのは防衛の一環でしょう。この海域に米軍が入れば、中国本土が丸裸にされたも同然です。しかし、日米から見れば、中国が周辺国に対する脅威を高めていると映る。

 中国が脅威として映る理由の一つは、脅威を構成する「意思」と「能力」のうち、意思のゴールが見えないことです。能力を拡大させているのは防衛費の伸びをみれば明らかです。これを脅威でなくすためには意思を抑える必要がある。しかし、中国の発言は「中華民族の偉大な復興」など抽象的で、どこまで手にすれば満足するのか分かりません。それゆえ、われわれは心配になるのです。

 さらに、日本の場合、中国の脅威が大きく見えるのは、日中平和友好条約の締結から40年たち、両国の立場が逆転したことも作用しているでしょう。当時の日本は高度成長期にあり、“遅れた国”である中国を上から目線で見ていました。今は、中国が日本を見下している時代です。このことが中国の脅威を実際以上に大きく見せている面があると思います。

 ことは、防衛のための情勢認識です。このようなバイアスを排除し、冷静かつ客観的に見る必要があるのではないでしょうか。中国の軍事力増強に合わせて日本の装備の質と量を高めようとすれば財政が破綻してしまいます。そこにはおのずと限界があるのです。では、防衛力が不足する分はどうするのか。やはり、政治力で補うべきだと考えます。

 今の政治にはこの視点が欠けています。そして米国が提供する抑止力に過度に依存している。対北朝鮮、対中国ともに、構図は同じです。

 振り返れば、1976年に防衛大綱を初めて定めた時には、政治が今よりも責任を負っていました。この時は「基盤的防衛力構想」を提起。核兵器による抑止が働いており、米ソが本格的な戦争を起こすことはない。したがって日本は、限定的・小規模な侵略に独力で一定期間耐える力を保持すればよい--という考えです。文字にはされていない背景を読めば、この限定的な防衛力で間に合わない状況は「政治が作らせない」としていたわけです。

自主防衛、政治、拡大抑止のバランスを取る

柳澤さんは、日米同盟は不要とお考えですか。

柳澤:そうではありません。米国に頼ることが難しい時代になったのを認識すべきだ、ということです。

 冷戦時代は、事が起これば、米国とソ連は必ず戦争する--と想定できました。米ソ自身もともにそう認識していた。しかし今、米国と中国の間に同様の共通認識はないでしょう。だから米国はレッドラインを明確にできないのです。それは中国にとって、エスカレーションの方程式が見えないことを意味します。日本と戦争すれば、確実に米国と戦争することになるのか、が明確には分からない。これが、日本にとっていちばん大きな不安要因になっています。米中の関係は今、「フレネミー(friendでありenemyでもある)」と呼ばれますよね。

 安倍政権は「日米同盟基軸は我が国安全保障の不変の原則」とまで言っています。しかし、日米同盟を“魔法の杖”、何でも解決できる道具であるかのように扱うのは間違いではないでしょうか。米国はお願いしてもやってくれないこともあるし、お願いしなくてもやることがあるのです。

お話を整理すると、①日本の自主防衛力、②日本の政治力、③米国が提供する拡大抑止の3つの要素が存在する。①は当然必要ではあるが、ヒトとカネの面で限りがある。その不足分は②日本の政治力で補うべき。現に日本は1976年当時、そのような意思を持っていた。しかし今は③米国が提供する拡大抑止に依存する部分が大きくなりすぎている。③は、米中2強時代に入り、米ソ冷戦時代に比べて頼れなくなってきている、ということですね。

柳澤:その通りです。

領域警備法はグレーをブラックにする

話を防衛大綱に戻します。①日本の自主防衛力が必要であるならば、その整備目標を大綱に書き込むべきと思います。どのような要素が重要ですか。

柳澤:自衛隊の役割を、政治が限定的に定義する文言をいれるべきと考えます。軍事的な脅威が何であるかを特定して、それに対処する能力を定め、その不足分を補う--というロジックで考えると、不足分が膨大すぎて書き尽くすことはできません。中国の防衛費の伸びは大きく、5年に一度、海上自衛隊を創設しているような規模です。一方の日本は、2~3隻の護衛艦を建造するのが手一杯の状況。

 なので、「自衛隊の役割は〇〇まで。それを超える戦争が起きないよう、かつ起こさないよう、政治がコントロールする」--という文言を書き込むよう発想を改めるべきです。

その場合、防衛大綱ではなく「国家安全保障戦略」で定めるべきでしょうか。2013年12月に、国家安全保障に関する外交政策及び防衛政策に関する基本方針を定めるものとして、安倍政権が策定しました。

柳澤:本来ならそうあるべきでしょう。しかし、現行の国家安全保障戦略が自衛隊の役割を規定していない以上、防衛大綱で規定せざるを得ないと思います。

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