村のはずれにあるため池はさびた鉄のように茶色くにごり、池の端には玉虫色に光る油のようなものが浮かんでいた。
ここは中国天津市のはずれにある佟家荘村。天津の中心部からはクルマで1時間ほどだが、周囲にはのどかな農村の風景が広がる。
この村が注目されるようになったのは今年春のことだった。民間の環境保護団体の調査で天津市や隣接する河北省で汚染された池が複数あることが明らかになった。佟家荘村の池もその1つだ。
深刻な環境汚染に悩む中国の首都
日本を含む先進各国が地球温暖化による気候変動の影響を受ける一方で、経済成長が著しい新興国は、かつて日本も経験した人為的要因による環境破壊に苦しんでいる。中でも中国は急成長の代償として環境汚染の面でも世界有数の大国となっている。
首都・北京や同市とともに経済圏を形成している天津や河北省は、深刻な大気汚染に悩まされている。最近はやや改善しているとはいえ、冬場ともなれば、わずか数メートル先も見えないほどのスモッグで覆われる光景はテレビなどで見たことがある人も多いだろう。
WHO(世界保健機関)が公表している世界約3000都市の大気汚染状況のデータを基に、微小粒子状物質PM2.5の数値が大きい都市のランキングを作成すると、上位50都市のうち8つが中国の都市だった(ちなみに国別で最も多いのはインドで22都市だった)。この8都市は省都である石家荘市などいずれも河北省の都市だった。
水や土壌についても大気と同様、河北省や天津での汚染が以前からたびたび問題になってきた。だが、経済成長を優先する地方政府やモラルに欠ける企業経営者の問題もあって改善の歩みは遅かった。水処理膜などが専門の王暁琳・清華大学教授は「中国政府も問題を認識しており、ここ数年は対策に本腰を入れている」と話す。だが、今でも佟家荘村のような問題が頻発するのが、中国の環境汚染の現実だ。
村の名前が書かれた門をくぐると素朴な平屋の住宅が立ち並ぶ“メーンストリート”がまっすぐに伸びていた。道の中ほどに村で唯一と思われる商店があった。
店先で3人の女性がおしゃべりをしている。女性たちに「このあたりに汚染された池があると聞いたのだけれど」と声をかけると、ぶっきらぼうに「向こう」と指を指しながら答えた。何度か同じような質問を受けたことがあるのだろうか。隠すわけでもなく、有名な観光スポットを教えるような様子だったのが印象的だった
畑のすぐ横にある汚染地帯
数百メートルほどのメーンストリートを抜けると、住宅は消え、トウモロコシなどが植えられた畑が広がっていた。池にもたどり着いたが、見た限りはひどく汚染しているようには見えない。
あぜ道沿いの畑に1人で農作業をしている女性が見えた。先ほどと同様に「近くに汚染された池があると聞いたのだが」と声をかけると、「もっと進んだところにある」と返ってきた。
女性の案内どおりに進むとさらに池が広がっているのが見えてきた。池はいくつかに区分けされており、村に近い区域はそれほど汚染しているようには見えない。だが、村から離れた区域は冒頭のように一目で汚染していることが分かるものだった。
村から最も遠い幹線道路に近い場所では、数台の重機が稼働しているのが見える。農作業をしていた女性がこう教えてくれた。「誰かが硫酸などを捨てていったらしい。今は池の水を一旦抜いて入れ替える工事をしている」。汚染が発覚すると中国の環境保護省と天津市政府は調査と対策に乗り出した。公安当局は7月末、現場近くで操業していた工場が排水を垂れ流していたとして工場関係者5人を拘束した。
村民の健康や農作物への影響が心配されるが、池の近くの畑にいた女性はさほど気にする様子もなく、農作業を続けていた。個人や村だけでは解決できない問題を前に、あきらめるしかないのが実情なのだろう。
浄化工事に「昼夜問わず奮戦せよ」
佟家荘村からクルマでさらに30分ほど。同村と同じように汚染が発覚した河北省廊坊市南趙扶鎮も訪ねてみた。この地域の特産品である木製家具の店が立ち並ぶ幹線道路から一面畑が広がる道に入ると、青い工事用の柵で囲まれた一帯があるのが目に入った。
河北省廊坊市南趙扶鎮の汚染された池。浄化工事のため柵で囲われていた
徒歩で柵の場所に近づいていくと中国では頻繁に見かける赤い横断幕が掲げられているのが見えた。「袖をまくってがんばろう、昼夜を問わず毎日奮戦せよ」と書かれている。汚染を浄化する工事のための横断幕だろう。
工事の柵越しに汚染された池をのぞく。面積は佟家荘村よりもかなり大きいようだ。先ほどの村と同様、重機がいくつか見え、既に池の一部は埋めてしまったようだ。水が残っている部分を見ると、池の中央の植物は完全に枯れている。
周辺には畑が広がっているものの、近くに集落はなく、住民らしき人は誰もいない。畑も佟家荘村と比べるとあまり手が入っていないように見えた。
中国政府は2015年に環境規制を強化し、汚染対策に本腰を入れる姿勢を見せている。企業の排煙や排水に対する取り締まりは以前より厳しくなっていることは間違いない。それでも次から次へと水や土壌の汚染が発覚することに、中国の環境問題の根深さがある。中国の環境汚染との戦いは、ようやく緒についたばかりと言えるのかもしれない。
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