朴訥な機械屋もキャッシュフロー経営の時代
三菱日立パワーシステムズ・安藤社長が語る20年改革
日立製作所と火力発電システム事業を統合して2014年に発足した三菱日立パワーシステムズ(MHPS)。蒸気タービンやガスタービンを作り続け、造船と並んで三菱重工の屋台骨を支えてきた部門はいかにして改革を遂げてきたのか。三菱重工副社長も務める安藤健司MHPS社長が語る。 ※日経ビジネス8月27日号では三菱重工業が取り組んだ経営改革の特集記事を掲載しています。
石炭火力やガスタービンの販売に逆風が吹いています。需要の推移をどう見ていますか。
安藤:石炭火力(の新設)は減ってくる。ガスタービン、GTCC(ガスタービン・コンバインドサイクル発電プラント)は2050年くらいまで毎年30〜50ギガ(ギガは10億)ワット規模の建設が維持されると考えている。今後3年とか6年の単位では、米国やアジアで大型プラントの新規需要がある。
安藤健司(あんどう・けんじ)氏
1976年(昭51年)東京大学工学部卒、三菱重工業入社。10年高砂製作所長、15年常務執行役員兼米国法人社長を経て、16年副社長執行役員兼エネルギー・環境ドメイン(現パワードメイン)長。17年からMHPS社長を兼務する。埼玉県出身。
風力や太陽光など再生可能エネルギーは予想以上のスピードで急拡大するだろう。これに伴い、中小型でフレキシブルな対応ができるガスタービンの需要は高まる。何十年も先は見通せないので、何通りかの考えを持った上で、軌道修正しながら計画を進めていく。伸びる地域に狙いを定め、受注を取れるだけ取っていく。
市況はいつごろから回復に向かうと考えていますか。
安藤:コンサバティブに考えるべきで、楽観はしないほうがいい。今後3年、市況は回復しないとみている。とはいえ、急激に落ち込むものでもない。底を打ったとは言わないが、ある程度、先を見通せる状況にはなってきた。本当は天然ガスよりも燃料コストが安い石炭を焚きたいが、環境への対応で決断できない状況にあるというお客さんもいる。お客さんのもとに入り込み、将来の進み方を一緒に考えていく必要がある。
日本の市場は頭打ちでしょうか。
安藤:2020年に送配電が分離されることで、自家発電設備を持っている製紙会社や製鉄会社の電気の外販が増えるだろう。MHPSは効率的に電力を供給するノウハウを持っており、ソフトやツールなどを使ったサービスを展開できる。1月に『パワー&エネルギーソリューションビジネス』を扱う新部署を立ち上げた。可能性の高いお客さんにいち早くアプローチし、ソリューションを提供していく。
世界ではGEやシーメンスとの厳しい競争を繰り広げています。どこで差別化していきますか。
安藤:自画自賛になってしまうが、ガスタービン単体の性能では当社がトップだと思っている。ただ、MHPSはいろんな意味での総合力が足りていない。日本の従業員がきめ細かな作業で高品質かつ高性能なタービンを作っても、世界ではそう簡単には売れない。売る力に関しては、GE、シーメンスに一日の長がある。いろんな人たちの声を聞き、外力を入れながら、総合的な能力を上げていかなければならない。
外力とは、具体的に何でしょうか。
安藤:世の中には様々なデータに基づき、今後の方針を立てるのがうまい組織がある。そういった人たちの知識を借りるとか、必要であれば、パートナーを選んで一緒になって仕事をしていくことも必要だと考えている。
GE、シーメンスとは人間力で勝負
GE、シーメンスはなぜ売るのがうまいのですか。
安藤:GEが世界で販売したガスタービンは1万台以上で、我々より一桁大きい。特に北米の大電力会社とのパイプが太い。人間と人間の関係、実績、経験、人間力、組織力が合わさり、注文を取る力になっている。シーメンスも米国では長い歴史を持つ。一方、東南アジアは平場の戦いだ。最近は米国に留学した若い人たちが会社のトップになっているが、インドネシアやタイには私の入社前からのお客さんもいる。人間力で勝負していかなければならない。
平場の戦いでは、どういった点がポイントになってきますか。
安藤:東南アジアやバングラディシュのお客さんは性能第一で考える傾向が強い。輸入のガスを炊くことが多いので、高効率で信頼性の高いタービンを求める。ただ、性能や信頼性で勝負する場合、ダントツにならないと受注には至らない。
あとは、やはり価格だ。MHPSには品質が1番なら勝てるという甘い部分があったが、今は違う。少し利益率を下げても、東南アジアではGE、シーメンスに受注を絶対に取らさない。長期的な品質の良さを信頼してもらえているので、ライフサイクルのコストで最も安いことをアピールしていく。中国・韓国勢はまだ後方で、当面はGE、シーメンスとの戦いになる。GEは今後、もっと激しい競争に出てくると思う。ここから21年度までが正念場だ。
三菱日立パワーシステムズの4工場内で生産品目を再編、高砂工場ではガスタービンを生産する(兵庫県高砂市)
世界で戦うベースを整えるなか、三菱重工は事業所制を廃止して、指揮系統を本社に一括しました。従来の事業所の強みはどこにありましたか。
安藤:利益の源泉は事業所にある。いくら本社が頑張っても、製品をつくっているのは事業所だ。ものづくりのコスト競争力をマネジメントするのも事業所だ。ただ、あまりに強すぎたので、『(タービンなどを製造する)長崎(造船所)と高砂(製作所)は犬猿の仲だ』とか言われた。中ではそう思っていないのだが。
事業所にはそれなりの水準のことをまとめる力、組織力があった。ただ、狭い世界だからできた。市場が海外に移れば、人と考え方が限定されていては勝てない。(佃和夫)相談役が社長の時代からもう少し広い考え方を取り、事業所を流動化させ、人材を入れ替えていった。使える人脈、能力、考え方は幅広くなった。
ものづくりの力が落ちてきている
14年には日立製作所と事業統合しました。どんなシナジー効果がありましたか。
安藤:2011年以降の石炭火力の国内受注をほとんど取れたのは大きい。三菱重工と日立製作所は人がよく似ていると言われるが、一緒に仕事をすれば、かなり違いがあることがわかる。それで、お互いに影響を受けあった。合わせられるところも、馴染みにくいところもある。ただ、違う世界の意見を聞くことで考え方の幅は広がる。組織、意識の融合はできてきた。さらに全体的な能力を引き上げていくのが私の使命だ。
市況の低迷に関し、GE、シーメンスは大幅な人材リストラを進めます。MHPSは動きが遅いとの指摘もあります。
安藤:MHPSはそう簡単に人を減らすことができない。GEが12000人、シーメンスが6900人減らすと言っているが、そう簡単にできないと思う。日本では、なおさらだ。人を減らすより、うまく活用して事業を伸ばす方向に持っていきたい。できるだけ従業員の住所は変わらないようにしながら、仕事を流動的に変えていく。人員の再配置に関しては、三菱重工グループ、日立グループを含めて考えていく。
競争力を高めるため、さらに強化すべきところはどこでしょうか。
安藤:工場の力、ものづくりの力が落ちてきている。何もしなければ、さらに低下していく。団塊の世代が引退し、卓越した技術を持つ人が減ってきた。AI(人工知能)を使うなどし、技術伝承もされているが、油まみれの世界はそれでは成り立たない。三菱重工が製造業をやめるというなら話は別だが、しばらくは続けていく。
工場に目を向けるトップマネジメントは必要だ。MHPSは固定費が多い方なので削減していく必要があるが、それで工場を弱くしてはならない。長崎、呉、高砂、日立の4工場をいかに効率よく生かしていくか。4ではなく3とか2になる時代もくるとは思うが、品質やコストなどでそれぞれの持つ能力を融合することで全体を引き上げていく必要がある。
技術的には、大型ガスタービンは燃焼効率65%の製品の開発まではめどがたっている。次は67%だ。中小型のガスタービンも並行して開発していく。3〜6年のマーケットニーズをみながら、2020年くらいには次世代の中小型製品を導入したい。
再エネ市場は伸びています。成長が予想される風力発電事業は、デンマークのヴェスタスとの出資比率50%ずつの合弁会社で展開しています。
安藤:現時点では、対等の形が一番いいと思っている。ただ、何年先もこのままでいくかというと、そういった考えはない。風車も今後は単体を売る事業からソリューション事業へと向かい。競合もそのように考えるだろう。我々はプラントのEPC(設計・調達・建設)ができる。(出資比率を高めることも含めて)すべてが選択肢だと思う。
トルコ原発、「先を見通したベストの方向を示す」
トルコの原子力発電所建設計画では、7月末に事前調査の結果をトルコ政府に報告しました。総事業費は当初の2倍超の5兆円規模を見込んでいるようですが、実現性をどう考えますか。
安藤:報告書をトルコのお客様が吟味する時間がある。どういった判断をされるかはわからないが、すべてが選択肢に入ってくる。(建設を)やらないこともあるし、やることもある。各々のケースで、先を見通したベストの方向を示すしかない。
原子力事業に関しては、国内再編もささやかれます。どういったスタンスで臨みますか。
安藤:我々はPWR(加圧水型)で、他社はBWR(沸騰水型)。社長の宮永(俊一)は、シナジーが出ないということに基づき、一緒になる価値はないと話している。私も原則、そうだと思う。私は高砂事業所で育った。ガスタービン屋でもあり、原子力タービン屋でもある。PWRの本筋というのは理解している。BWRのメーカーと一緒になるのはいかがか、と思っている。
三菱重工らしさとはなんでしょうか。また、それをどう生かしていくべきでしょうか。
安藤:ベースは質実剛健。必要になってくるのは柔軟性だ。これからは、何が起きても驚かないような世界になる。だから、常に頭を柔らかくしないとだめだと。厳しい世界を勝ち抜いていくには、何に対してもノーとは言わず、考え始める必要がある。ノーと言えば、お客さんは離れていく。まずは『わかりました』。その上で、考える。しっかりした技術力がベースだが、まっすぐだけではだめ。フレキシブルに対応することが重要だ。
20年近い組織改革のなかで学んだことでしょうか。
安藤:そうだ。我々はいま、キャッシュフロー経営を追求している。これが一つのポイントだ。我々のような朴訥な回転機械屋も、キャッシュイン、キャッシュアウトを頭に入れながら仕事をする風潮になっている。地方の高砂でも、ガスタービンだけをつくっていればいい時代ではないことをわかりはじめている。
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