道具よりもルール作りが第一歩

日本の場合、特にそういった競争原理が強い。漁協も水産庁も発言力が弱いので、漁業者の競争を抑制して、全体最適に導けません。先ほど伺ったAIの話で言えば、AIが「資源が少なくなったので、出漁を控えよう」と結論を出した時、誰が音頭をとって「それでも獲りたい」という漁師を説得するのか。誰がリーダーになって漁業者の協調関係を作るのかが難しい。

和田:地域によって大きく差があるでしょうね。例えば漁師の平均所得が高いことで有名な猿払村のホタテ漁。組合が圧倒的な指導力を持っているから成功しています。

 僕らがITによる資源管理に関わった留萌地区では、ナマコをオリンピック方式(早い者勝ちで漁獲するため資源へのダメージが大きくなるとされる)で獲っていました。それをやめようと決めたのは、資源減少に危機感を持った漁業者自身です。彼らが航路や漁獲量のデータを共有して、資源管理をしようとルールを決めた。その時点でもう勝利なんですよ。僕らは管理に適した道具としてタブレットを提供しただけです。

協調の輪を作ることがスタートであり、最大のハードルなんですね。

和田:そういうことです。留萌の話を受けて、うちもやりたいという依頼もきます。資源管理をしたい、タブレットの使い方を教えてくれ、と。でも、タブレットを持てば資源を守れると思っているところがある。そうじゃない。どんなルールを作るのか。大事なのはそこなんですよ。

マグロの混獲もAIで回避できる

 先ほど例に挙げたホタテやナマコは浜の近くの底から動かないから管理しやすい。ルールを守らなきゃいけない漁業者の規模が小さいですから。これが沖合や遠洋の漁業者と資源を共有している魚種、さらに国をまたいで管理しなければならないとなると、誰がどうルールを決めるのかは難しい問題です。クロマグロがその例ですね。日本は今、国際的にも厳しい立場にいますね。

定置網への混獲で昨季、国際会議で決まったクロマグロの稚魚の漁獲枠を超過してしまいました。定置網は選択的に魚を獲る漁法ではないから、マグロを避けるのが難しい。こういう漁法の多様さは日本の文化である一方、資源管理を難しくしている要因でもありますね。

和田:函館の定置網漁師も、休漁日を設定しなければいけないペナルティーが課されました。じゃあ、水産庁に休めと言われた日の分の収入を補填してくれるのかと、漁師の立場なら絶対そう思いますよね。でもそれはない。工夫しなさい、頑張りなさい、努力しなさい、と言うだけです。

マグロの定置網への混獲で、日本は漁獲枠を超過してしまった
マグロの定置網への混獲で、日本は漁獲枠を超過してしまった

 僕らは定置網の上に魚群探知機を浮かべて、マグロが網の中に入ってしまっていないかをAIで判別する研究もしています。一度網を引き上げてしまうと、マグロは死んでしまう可能性が大きい。マグロが多く入ってしまっている時は、網を開いて逃がすわけです。

日本以外を見渡してみて、漁業ITはどれくらい進んでいますか。

和田:それほど進んではいませんが、ノルウェーは別ですね。技術力が大きく違うわけではないんですが、枠組みが違う。そもそも小規模な沿岸漁業は捨てて、大規模な遠洋漁業に集約しています。

ノルウェーはVMS(衛星を利用した漁船の監視システム)を使って、国がデータ集めを主導しています。日本ではせいぜい地域ごとぐらいにしかデータを集める協調関係を作れていない。

和田:文化の違いがありますからね。日本の水産庁が「VMSを積まない限り操業許可を出しません」と言えるかどうか。言ってもいいと思いますよ、個人的には。でも言わないでしょうね。

漁業にも「情報銀行」を

水産庁は、ノルウェーのような国が主導する管理方法について、ステークホルダーが多すぎるからできないと主張しています。ただ、そのことを覆らない前提条件と諦めて、現状を放置してしまっていいのかという疑問もあります。

和田:日本の漁業者はやっぱり、漁場などの大事な情報を取られる、盗まれるという発想なんですよね。僕はこの発想は間違っていると思います。

 口座に給料がいついくら振り込まれたとか、自分がいついくらお金を下ろしたという情報がインターネットで公開されたら嫌だけど、銀行が預金を運用するために情報を保有している分には問題ありませんよね。

 データは取られるんじゃなくて、預けるんです。預けてもらった情報というのは適正な人が適正に管理して、そこから得られた新たな情報を利子としてお返しする。

いわゆる情報銀行ですね(編集部注:情報銀行については、こちらの記事もご参照ください)。預けてもいいデータと預けちゃいけないデータの線引きができればいいと。

和田:留萌のナマコの管理も、すべての情報を公開しているわけじゃないんですよ。船の位置情報はリアルタイムで全員、共有・公開します。タブレットですぐに皆が航跡をお互いに確認できるようになっている。ただ、どの船がどれだけ捕ったかという情報は、サーバーには上げているけれども、公開はしない。

 これは漁業者自身が作ったルールです。当初は一部反発もあったけど今は定着しています。自分たちがどういう情報まで共有したら納得できるのか、そのルールを作る。漁獲量を公開してもいいけれど、1週間後ならいいよという発想もあり得ますね。漁獲競争で不利にならずに、情報の共有はできる。

 今、インドネシアのハタの養殖へのIT導入にも取り組んでいます。今、出荷までの生存率がたった3割しかないんですよ。水温などを計測して餌のやり方を改善すれば、6割ぐらいには引き上げられると思います。東南アジア圏は養殖業が主要産業の1つになってきているのに、日本以上にITの導入は事例がないですね。

 このプロジェクトは昨年、ODA(政府開発援助)の事業に採択されました。日本としては、途上国に対する漁業の技術支援を通じて、世界の食糧供給にもっと貢献すべきだと思います。国をまたがる資源管理の場で、日本の発言力が強くなることにもつながるでしょう。

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