日経ビジネスオンラインでは、本誌特集(2017年8月21日号)との連動企画「ここまで来た!デジタル ドイツ アディダス、VW、シーメンスの変身」で、急速に進むドイツ企業のデジタル化の最前線をリポートしてきた。最終回は、ドイツ系の大手コンサルティング会社、ローランド・ベルガー日本法人の長島聡社長に「インダストリー4.0(第4次産業革命)」の本質を聞く。
インダストリー4.0はどこまで進んだのか。そもそも、なぜドイツはデジタル化にかじを切り、何をしようとしているのか。そして、日本企業はそこから何を学ぶべきか。長島社長が解説する。(聞き手は 大竹 剛)
長島聡(ながしま・さとし)氏
ローランド・ベルガー日本法人社長。近著に『AI現場力 「和ノベーション」で圧倒的に強くなる』(日本経済新聞出版社)(写真:的野弘路)
ドイツで「インダストリー4.0」が叫ばれるようになって約6年が経ちました。アディダスが3Dプリンターで靴を作る工場を稼働させたり、シーメンスやSAPが黒子としてドイツ企業のデジタル化をサポートしたりしています。これまでの歩みをどのように評価していますか。
長島聡社長(以下、長島): アディダスやシーメンスといった大企業の取り組みは、どんどん加速していると思います。IoT(モノのインターネット)としてインターネットに接続されている機器は急速に増えていますし、「スマートファクトリー」と呼ばれる工場も増えています。
ただ、その一方で、インダストリー4.0で生産性が上がったという話の多くは、そもそも需要がしっかりある分野だからデジタル化を進めることで大きな成果が出たという側面も無視できません。ある意味、需要がある分野でやるからこそ、成り立つモデルだと言ってもいいでしょう。
逆に需要がない分野、生産性を上げてもそれほど経営にインパクトがない部分については、極端に言えばIoTなど導入しなくてもよいということでしょうか。
長島:工場における生産性の改善ということでは、そうとも言えます。ただ、開発の現場など、いわゆるホワイトカラーの職場でも、デジタル化によって大きな変化が生まれています。
象徴的な話が、フォルクスワーゲンのモジュール戦略でしょう。クルマを部品の集まり=モジュールを組み合わせて設計・生産することで、効率よく様々な車種を市場に投入していこうという考え方ですが、これはデジタルの開発ツールがあったからこそ実現できた戦略でした。要するに、リアルの世界をデジタルで再現し、様々なシミュレーションができるようになったからこそ、リアルの世界でたくさんの試作品を作って検証するという作業が、あまり必要なくなり、効率良く新車を市場投入できるようになりました。
シーメンスなどが、「デジタルツイン」と呼んでいる考え方ですね。
長島:そうですね。それを、フォルクスワーゲンなどドイツの自動車メーカーはモジュール戦略の中で既にやっていました。モジュールを設計する時には、5年後、10年後に作るクルマは存在しないわけですが、デジタル空間の中でシミュレーションすることで、10年後に作る車でも同じモジュールを使えるということを担保してきたわけです。
消費者のニーズが多様化しているという前提に立てば、いろいろなものを効率よく作っていかなければなりません。例えば、ダイムラーのメルセデス・ベンツの車種を見れば、もう覚えられないぐらいたくさんありますよね。
確かに、ベンツの車種は急速に増えてきた印象があります。
長島:ベンツだけではありませんよね。BMWも同様でしょう。短期間に多様な車種を投入できるようになったのも、デジタルのツールのおかげです。
ドイツ企業のデジタル化では、自動車業界が一番早かった。
長島:とても進んでいると思いますね。おそらく、2011年に「インダストリー4.0」というコンセプトが発表になった時は、自動車業界がデジタル化で成功したから、こういう流れを他の産業にも広げていこうと考えたのでしょう。
しかも、それを最初はクルマの開発でやってみたら、同じようなことを工場でもやれるんじゃないかという発想が出てきて、「モジュール工場」といったコンセプトが生まれたんです。クルマも工場も、よく考えたら似ているなと。
どういうことかと言うと、いろいろな部品や装置がつながって1つの価値を生み出しているという観点で見れば、クルマも工場も同じということです。IoTでいろいろな製造装置をつなげれば、工場のスマート化ももっとできるよねと。
自動車業界の成功体験がインダストリー4.0に引き継がれた
なぜ、ドイツの自動車メーカーはデジタル技術を駆使してモジュール化を進めようとしたのでしょうか。
長島:やはり、日本が強かったからだと思います。良い物を安く作る能力も、開発のスピードも、日本の方があったからです。現場の頑張りがあったからかもしれませんが、このままではトヨタ自動車などにやられてしまうという危機感があったのでしょう。
そうしたら、日本とは違う仕組みで挑むしかない。
長島:そうですね。その結果、モジュールによる組み合わせでモノ作りをしようという思想にどんどん傾いていったのでしょう。
その思想が、インダストリー4.0に引き継がれていると理解すべきだと。
長島:そう思います。欧州は規格の標準化が得意ですよね。インターフェースを一緒にしておけば、いろいろなものを共通化できる。つまり、個別に様々なものを開発する必要がなくなるので、その分の時間を他のことに使える。そういう感覚が、極めて強い。さらに言えば、標準化で欧州が先行すれば、グローバル展開で有利になるという考え方ですね。
ただし、まだインダストリー4.0では、完全な標準規格があるわけではありません。必要最低限の標準規格の上にいろいろなアプリケーションを乗せながら、みんながトライ・アンド・エラーをしている状況だと思います。
インダストリー4.0という概念が発表されてから、大企業を中心に取り組みが進んできましたが、具体的には何が変わってきているのでしょうか。
長島:2014年ぐらいから、ドイツも変わり始めてきたと思います。それまでは、シーメンスなどが自社の取り組みとしてインダストリー4.0を実践していましたが、2014年ぐらいからそれを社外に売り始めました。ただ、まだソフトウエアやソリューションなどに柔軟性があまりなく、しかも高額だったので、あまり広がりませんでした。ところが、2016年ぐらいから、使った分だけ課金される従量課金制のクラウドベースのソリューションが登場するなどして、サービスがぐっと使いやすくなってきました。そして、企業が“多対多”で協業するようになってきたんです。
“多対多”とはどういうことですか。
長島:SAPやシーメンス、マイクロソフトといった様々な企業が、相互にサービスを接続するようなことが、2015年末ぐらいから起きてきました。そうなると、サービスを使う側の企業も、何となくこれを使っておけば間違いないよね、と言った感覚が広がってきました。そして今年は、こうしたソリューションを様々な企業が実装していく段階に入っていると思います。
一方、中小企業については、これまではあまり進んでいなかったというのが実態でしょう。取り組み自体は一番ドイツが進んでいると思いますし、いろいろな産業クラスターで、政府や大学、民間企業が音頭を取って、中小企業に使ってもらうことを目標とした取り組みはたくさんあります。ようやく、徐々に成果が出はじめているという段階です。
AI(人工知能)時代の到来をにらみ中国に接近か
先ほど標準化という話がありましたが、グローバル競争の中に位置づけると、ドイツの動きをどのように評価したら良いのでしょうか。そもそも、ドイツが産官学一体となってインダストリー4.0を推進しようという動きになった背景には、中国が世界の工場として台頭してきたという危機感がありました。ところが最近、G20(20カ国・地域)サミットでドイツのアンゲラ・メルケル首相と中国の習近平国家主席が、デジタル化支援を含む覚書を交わすなど、両国が急速に接近しているようにも見えます。中国と接近することで、インダストリー4.0に関するグローバル競争で優位に立とうという考えもあるのでしょうか。
長島:あると思います。そもそも、ドイツの自動車業界は世界に先駆けて中国に投資をしてきました。中国に対する投資は、凄まじいものがあります。
フォルクスワーゲンは中国企業と合弁で現地生産を始めた初の外資自動車メーカーでした。
長島:ボッシュやコンチネンタルといったドイツの自動車部品メーカーも、積極的に現地のサプライヤーを育成・支援するような取り組みを実施してきています。中国の産業政策や技術トレンドは、ドイツの影響をかなり受けているといってもおかしくないと思います。
ただし、中国政府が関与するような部分についてはドイツの影響が大きかったとしても、それと同時に、民間レベルでは米国発の破壊的イノベーションの模倣を積極的にやっています。インターネットを使ったサービスなどは、何でもかんでも似たようなものがある。だから、中国では製造業的な部分についてはドイツ色が、サービス業的な部分については米国色が強く、両方が混在しているというのが、実情だと思います。
そういう文脈で考えると、ドイツと中国が接近している意義というのは、どう考えたら良いのでしょうか。
長島:中国市場が自分たちの技術ロードマップに近いものになってくれたら、自分たちの商品がたくさん売れます。
シーメンスが得意とするような工場の製造設備などのモノ作り系機械を中国に売れるし、SAPのようなソフトウエアも中国に売れる。
長島:そうです。そしてもう1つ、おそらく重要になってくるのがAI(人工知能)のところですね。
AIの基本的なアルゴリズムは、ほとんどがオープンソースですよね。米グーグルの「テンサーフロー」が有名ですが、そうしたオープンソースを使って何をやるか、どんなアプリケーションを作るかという時に重要になるのが、データです。AIの精度を高めるには、大量のデータを学習させなければならず、そのデータをどうやって集めるかが、今後の競争を大きく左右します。
グーグルや米アマゾンは、膨大なデータを持っていますが、その一方で多くの工場がある中国では、製造業関連のデータを大量に持っています。ただ、データがあるだけではダメで、使えるものに整える作業ももちろん必要です。それでも、世界の工場の中国には、とりあえずデータの数はあるわけです。
AIの分野でドイツが圧倒的に優勢かというと、そんなことはありません。しかし、中国と手を組み、そこで手に入るデータを生かすことができれば、今後、AIの世界でドイツが力を付けてくる可能性もあるでしょう。
切れ味のいい戦略がトップダウンで組織全体に広がる
そもそも、ドイツ企業の強さは、どういったところにあるのでしょうか。
長島:切れ味のいい、一部の頭のいい人たちが作った戦略が、しっかりとトップダウンで組織全体に広がっていくということでしょうか。例えば、モジュール化を進めた自動車業界のプラットフォーム戦略も、その一つです。
最初はやはり失敗しているんですよ。モジュールを作ったけど、うまくいかなかった。それでも、失敗から学んで最終的には実現しました。インダストリー4.0も、同じだと思います。「こういう仕組みに変える」とトップダウンで決めて、それを組織全体がしっかり守るということが、おそらくできています。
もちろん、日本のカイゼン活動のような現場の創意工夫もあります。ただ、あくまでも現場は自分に与えられた役割の範囲内で創意工夫をするのであって、日本のように大部屋にぜんぜん違う部署の人が集まって議論したり、視野がほかの部署にも広がっていったりといったことは、あまりありません。
自分に与えられた仕事をしっかりやって、基本は9時5時で残業は一切やらないと聞いたことがあります。
長島:そういうことですね。だからこそ、逆に生産性は高いんです。
インダストリー4.0では、IoTを活用して、工場の中だけではなく、材料の調達のところから製品の販売のところまでバリューチェーン全体をデジタル化しようとしています。
長島:基本はPLM(プロダクト・ライフサイクル・マネジメント)というソフトウエアの活用から、そのあたりはどんどん進んでいっていますよね。開発での設計変更や調達する材料の変更などを即座に生産面にも反映できるようにするなど、リアルタイムに全部署がつながっているイメージです。
今までは、情報を順番に送り出していくようなイメージですよね。だから、どこかの部署が「聞いていない」といったようなことが起きるわけです。こうしたコミュニケーションのムダを徹底的になくしていこうという取り組みとも言えます。
この部分は、進化が止まらないエリアだとは思いますね。今までは本当に縦割りで役割を切って、それぞれが自分の役割を果たせば最後はちゃんとした製品ができていました。それを、有機的にどうするのが一番お客さんにとっていいのかという議論に、今後移っていくのだと思います。それが今、始まったところです。
インダストリー4.0が6年目にして、工場の中だけだった話が、より広い横のつながりへと広がってきたということですか。
長島:そうですね、PLM自体は以前からありましたが、複数のソフトウエアを連携させるインターフェースなどの細部も含めて、どんどん良くなってきたということです。その背景には、やはりSAPやシーメンスがソフト会社を買収していったことが大きいと思います。それによって、PLMがより機能するようになってきました。
ドイツのインダストリー4.0から日本企業が学べることがあるとすれば、何があるでしょうか。
長島:長期的なロードマップを持っているというのが、すごく大事なことですね。自動車業界を襲ったディーゼル不正の問題など、ロードマップが狂うと大変なのですが、狂わないような努力は大切でしょう。そして、モジュールの組み合わせで製品を作ろうといった発想は、日本勢ももっと持った方がいいと思います。既に誰かがやっているということを知らないで、ゼロベースで作ると言った無駄なことが、日本企業にはすごく多いと思います。
例えば、アディダスの例に戻ると、シーメンスが持っているスマート工場のソリューションだとか、SAPのソフトだとか、そういうのをうまく組み合わせて、アディダスとして目指すべきことを実現していく、といった発想でしょうか。産業界に散らばっているソリューションを、モジュールのように組み合わせて新たな付加価値を創造していくということですか。
長島:おっしゃる通りですね。そこで一番大事なのが、先ほどお話したロードマップです。自分たちは、いつ頃までに、こういうことを実現したいという、強い経営の意志を持つことが重要ですね。
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