SAP・CEO「デジタル革命のカギは人材多様性」
マクダーモット氏に聞く、デジタル時代の事業創出の要諦
日経ビジネスオンラインでは、本誌特集(2017年8月21日号)との連動企画「ここまで来た!デジタル ドイツ アディダス、VW、シーメンスの変身」で、急速に進むドイツ企業のデジタル化の最前線をリポートしている。前回は、この動きを裏方として支えているシーメンスのジョー・ケーザーCEO(最高経営責任者)へのインタビューを掲載したが、ドイツ産業界のデジタル化を語る上で、もう1社、忘れてはならない企業がある。それが、ソフトウエア大手のSAPだ。
同社の2016年12月期の売上高は220億6200万ユーロ(約2兆8680億円)、当期利益は36億3400万ユーロ(約4724億円)と、7期連続の増収増益を更新した。牽引しているのが、企業のデジタル化を支援する新事業だ。システム構築だけではなく、企業がデジタルを経営戦略に組み込むためのコンサルティングまで総合的に提供している。その詳細は、本誌8月21日号特集のPART2「シーメンスとSAPが仕掛ける 産業丸ごと次世代シフト」(有料会員限定)で紹介した通りだ。
SAPは、ドイツ国内では積極的に人材のダイバーシティ(多様性)を推進する企業としても知られる。2016年には30代の幹部をCOO(最高執行責任者)に抜擢して世間の注目を集めた。女性管理職の登用や自閉症者の採用にも力を入れる。世代、性別など多様な価値観を持つ人材を集め、組織の活性化につなげている。同社のビル・マクダーモットCEO(最高経営責任者)に狙いを聞いた。
(聞き手は蛯谷 敏)
ビル・マクダーモット(Bill McDermott)氏
1961年8月生まれ。調査会社の米ガートナーや米シーベルシステムズ(現米オラクル)などを経て02年にSAPアメリカCEO。10年にSAPの共同CEO、14年から単独CEOに就任。SAP初の米国人トップとなった。10代で起業し、その収入で学費を稼いだ経験を持つ。起業家精神溢れるビジネスマン。(写真:Darren Miller)
ドイツの企業がデジタル化を進める中で、SAPはどのようにして関与しているのですか。
ビル・マクダーモットCEO(以下、マクダーモット):ドイツ企業に関して言えば、デジタル化を経営戦略の中核に据える企業が増えているのは間違いありません。IoT(モノのインターネット)の時代になり、多く企業が、優れた製造技術を持っていても、それをサービスとして提供する意識と組織がなければ、グローバル競争で生き残れなくなっている事実に気づき始めています。
サービス化を実現する上で、カギを握るのはソフトウエアです。ただ、残念ながら、全ての企業がデジタルを軸にしたビジネスモデルへの転換を自分たちだけで実現できるわけではありません。ソフトの開発もそうですが、新たなビジネスモデルを生み出すには、既存の組織の常識にとらわれない発想が必要になります。
ソフトの開発も、新しいビジネスの創造も結局は組織次第です。そのカギを握るのは、組織にいかに多様な価値観の人材が集まっているかという点に尽きます。だから、SAPにとって、人材のダイバーシティ(多様性)はとても大切だと考えています。
組織の停滞を防ぐために若者を抜擢
昨年、SAPのCOO(最高執行責任者)に当時34歳だったクリスチャン・クライン氏を抜擢しました。同時期に任命したCIO(最高情報責任者)のトーマス・ザウアーエシッヒ氏も当時31歳でした。要職に若い人材を登用する狙いはどこにありますか。
マクダーモット:その理由は、大きく3つあります。1つ目は、社内の活性化です。今さら言うまでもありませんが、組織は常に新しい発想やアイデアを必要としています。リーダーは、組織を停滞させないために、組織にどうやって刺激を与え続けるかを考えなければなりません。
私自身、長い間リーダーを務めてきて、そうした組織を変えるようなアイデアを持っているのは、若い世代が多いと実感しています。彼ら、彼女らを信頼し、抜擢して大きな仕事を任せれば、良い結果が返ってくることを経験的に知っています。
もちろん、ベテラン社員だって、意欲とアイデアを持って前向きに組織を変えてくれる人材は多くいます。それでも、会社に長く在籍し過ぎると、そこで培われた常識にとらわれがちになるものです。そのためにも、新しいエネルギッシュな人材を一定数、組織の重要なポジションに配置する必要があると考えています。
その意味で、昨年、COOに指名したクリスチャンはロールモデルの役割をしっかりと果たしてくれています。SAPのCOOとして、全社に関わる重要な案件のプロジェクトを強力に推進してくれています。
何よりも、意思決定と行動が早い。失敗を恐れずに、次々と挑戦していく。若さが持つ特権かも知れませんね。その行動力で、ハッソ・プラットナー(SAPの共同創業者)の肝いりプロジェクトだった「デジタルボードルーム」というサービスの実現に大きく貢献しました。
SAPのクリスチャン・クラインCOO(最高執行責任者)。SAPの若手のロールモデルとして期待されている(写真:Mira Haupel)
彼や、CIOに就任したトーマスのおかげで、若い世代もより活気づいています。SAPに入れば、30代でも大きな仕事を任せてもらえ、自分を成長させることができる場があると、再認識してもらえています。
世界で繰り広げられる人材獲得競争に勝つために
若い人材を登用する2つ目の理由は何ですか。
マクダーモット:社外の魅力的な人材を惹きつけるためです。
「War for talent(人材獲得戦争)」という言葉があるように、今ではソフトウエアの優秀な人材の争奪戦を、グローバル企業同士が繰り広げています。IoTの広がりや企業のデジタルシフトによって、ソフトウエア人材は、我々のような業界だけでなく、製造業も積極的に採用するようになりました。米グーグルや米ゼネラル・エレクトリック(GE)など、あらゆる産業でソフトウエア人材を必要としています。
そうした競争の中で、若い人材にSAPを就職先に選んでもらうためには、もちろん報酬も大切ですが、「その会社で何ができるか」が非常に重要になります。若い時から大きな仕事を任せるというのは、そうした時代に対応する意味もあります。
そして、若い人材の登用を積極的に進めている3つ目の理由は、SAPのこれからのビジネスに若い世代の感覚が必要不可欠になるからです。
一例を挙げましょう。例えば、カーシェアリング・サービスが世界的に広がっていますよね。現状、こうしたサービスを利用しているのは、自らクルマを保有せず、スマートフォンを使いこなす人々です。その多くは、若い世代であり、彼らの消費行動は多くの点で従来とは異なります。その行動を理解するためには、SAPも消費者と同じ感覚を共有している必要があるのです。
若い感覚を組織に取り入れなければ、これからの時代のサービスや製品開発を、我々の顧客企業と共に創造していくのは難しいでしょう。
ダイバーシティ重視が利益拡大に貢献
デジタル技術を活用した製品やサービス開発のためには、若い世代の登用が必要だと。
マクダーモット:その通りです。もちろん、世代のダイバーシティだけが唯一の方法ではありません。女性の登用も不可欠です。2017年中に最低でも全管理職の25%を女性にする目標を掲げています。ユニークなところでは、自閉症者の採用も積極的に進め、2020年までに全社員の1%(約650人)にする計画もあります。
国籍だけでなく、世代や性別など多様なバックグラウンドの人を集め、組織に組み込んでいくことが、結果的に我々を成長させてくれるのです。
決して、CSR(企業の社会的な責任)という観点だけでダイバーシティを推進しているわけではないのですね。
マクダーモット:はい。ダイバーシティの推進は、我々のビジネスにしっかりと貢献しているし、利益にも貢献しています。従来、これらの関係はなかなか定量的に測定しにくかったのですが、SAPの財務チームが、2015年にとても興味深い取り組みをしてくれました。ダイバーシティや社員のエンゲージメント(社員の会社への愛着心)などの非財務的な指標が、財務指標である利益にどの程度影響を与えているかを分析してくれたのです。
どういうものですか。
マクダーモット:例えば、先の女性管理職比率を例に説明しましょう。
女性管理職比率の上昇は、我々が社員の福利厚生や労働条件といった要素を分析した独自指標である「ビジネスヘルスカルチャー指数(BHCI)」にプラスの影響を与えます。そして、BHCIの数値が上昇すると、営業利益にプラスの影響を与えることを、人事データと財務データを解析して、定量的に示してくれました。
具体的には、2016年12月期の女性管理職比率は24.5%と、前の期と比べて約1ポイント上昇しました。この結果などによって、BHCIは同時期、前期の75から78へと3ポイント上昇しました。
BHCIのポイントが1ポイント上がると、営業利益に8000万~9000万ユーロ(約104億~117億円)プラスのインパクトを与えることが分かっています。つまり、2016年12月期は、女性活用などの効果で約330億円の利益増に貢献した計算になります。
BHCIは、複数の要因によって変動するため、必ずしも女性管理職の増加だけが影響を与えたわけではありません。しかし、少なくとも、社外には女性登用の重要性を客観的に示すことができるようになったと考えています。
このほかにも社員のエンゲージメントや、二酸化炭素排出量の削減などの非財務指標を設定し、それぞれを高めた場合に財務指標にどのような影響を与えるかを分析しています。
具体的には、どのように解析しているのですか。
マクダーモット:財務部門や人事部門がチームになって、社内の人事データと社員向けアンケートを、財務データと合わせて解析しました。現在は、社内向けの活用にとどまっているが、やがてノウハウが蓄積されれば、ぜひ社外向けにも提供していきたいですね。
ただ、これらの指標は、あくまでもSAPがダイバーシティを推進した活動の結果です。指標の値を高めるために経営陣が力を入れるべき要素を明確にしているためで、これらの数値を高めること自体が目標ではありません。それでも、非財務指標がしっかりと財務指標に影響を与えていることを示すという点で、とてもユニークだと思っています。
Powered by リゾーム?