10年前、壮絶な破綻劇を引き起こしたカネボウは今――。当時、中堅幹部だった石橋康哉氏は、残された3事業を引き継いだクラシエホールディングスの社長となり、収益力を急回復させている。「家族主義を復活させる」。社員を訪ね、酒を酌み交わし、社員旅行を復活させた。そんな石橋社長は、どのようにして会社を蘇らせたのか。
※日経ビジネス8月7・14日合併号では「挫折力 実録8社の復活劇」と題した特集を掲載しています。併せてお読みください。
カネボウからクラシエに社名が変わって10年、赤字体質から収益力が大きく回復してきました。そして、「クラシエ10年の歩み」という社史を作ったのに、その半分を破綻の経緯に割いている。不祥事を起こした企業は、その後、事件を語ろうとしません。ところが、カネボウの創業から始まって、破綻の経緯を詳しく書いてある。なぜ、こうした社史を作ろうとしたんですか。
「カネボウの破綻を書き残さなければならない」(石橋康哉・クラシエホールディングス社長、写真=村田和聡)
石橋社長(以下、石橋):私たちはそういう(破綻という)過去があったことを知っている者として、正しく文字にして残して、次の世代につないでいく。それが、あの時代を経験した人間の大きな責任なんだろうと。2度とあってはならないことだから。
でも、クラシエって、あの経験を超えてきたことで今があると思うんですよ。もう1回やれって言われても嫌ですよ、絶対(笑)。2度と経験したくない。
僕は「普通の会社を目指す」と言い続けているけど、「普通」って失った時に初めて気付くものなんですよ。まじめに働いていればボーナスが出て、結婚して家を建てて、定年後は年金と退職金で暮らしていく。企業人の心のどこかに、そういう物語があるじゃないですか。それがある日突然、ご破算になっちゃった。その傷みや悔しさ、情けなさを乗り越えて今まで来たことを、「その時代」を知らない人たちに伝えていきたい。
今は優良企業でも、破綻しかけた企業は多い。失敗を物語として語り継いでいる会社の方が、学ぶ力が強く、「何のために仕事をしているのか」を知っています。
石橋:いい効果があると思いますよ。だから、今は50%以上の人がカネボウ時代を知らない社員です。で、ここ(10年史)を読むと、「上司は偉そうにしてるけど、こんなことになってたんじゃないか」と。それでいいと思うんですよ。
破綻直後は、結構気にする雰囲気がありました。「先祖帰りだ」とか、「過去の栄光にすがっている」とかね。最近はめっきり減りましたけど。
正しく認識して、何が悪かったのか、真正面から向き合うことで見えてくるものがある。カネボウの破綻を、斜陽産業になった繊維(事業)の問題だとか、経営者の問題だとか、そんなことで片付けてはならないんだと思うんですよ。我々だって、その企業にいたわけですから、責任はゼロではない。だから、変えていこうよ、と。
家族主義を貫く
変えるべき問題はどこにあったんでしょうか。
石橋:一番の問題は、「内向き」だったこと。130年前の紡績が創業ですから、全国から15歳ぐらいの子を集めて寮に入れて、社内に学校を作って教育していく。その先生は社員です。大学を出て3年ぐらいは、その先生役を担っていくわけで、そうなれば自分の弟であり、妹になっていくわけですよね。
まさに家族ですね。
石橋:そう、家族ですよ。「家族主義」って悪いことじゃない。すばらしい一面は伝えていきたい。毎年、1〜3月に現場に行って、100人単位でフェイス・トゥー・フェイスで「進んでいく道はこっちだろう」と話している。
繊維、ヒール(悪)役じゃないんだよ、と。昔は中卒で入ってきた子が、ずっと寮で生活して、地元の人と知り合って結婚していく。そうすると、まだ味噌汁の作り方や裁縫とか分からない。そこで、退職前の数カ月間、そういうことを教えてから嫁に出していたんですよ。
これから退職するという人に。
石橋:そう。それを話すとちょっと、うるっときてね。「カネボウという会社の家族主義には、そこまでやっていたDNAがあるんやで」って。「僕らが残してもらったすばらしいDNAなんだ。だから僕らは、これを引き継いで残していこう」って話して回った。
でも一方で、かばい合いすぎてダメなところを指摘できなかったり、弊害も出てくる。経営判断を遅らせたり、誤らせたり、問題につながってきた。それを1つひとつ解きほぐしながら、「何をこれからも継承していくの」「どんな新しい(改革の)風を吹かせるの」っていうことを、毎年のようにみんなで話し合っていく。そして2度と間違いが起こらないようにする。
何が間違いだった。
石橋:悪くなる原因は1つではない。特定の事業や経営者に限定すると、本質にたどり着かない。本質は、そうなってしまう風土とか、空気が会社にあったんだと思うんですよね。そういう空気にならないためにはどうするのか、みんなで考えられると思うんですよ。
その議論の結論は、家族主義は守るべき。
石橋:僕は守ろうと思っている。
「働き方改革」には逆行するようにも聞こえますが、一方で家族のように仲良く仕事をするのが悪いこととは思えないですね。
石橋:思えないんですよ。今は、合理主義や能率主義ばかりが取りざたされている。目指す会社はあっていい。僕らは違うと思っている。「自分のため」ではなくて、「チームのため」とか。そこに一生懸命やろうという価値観を持っている日本人て、たくさんいるじゃないですか。
そっちの方が日本人の強さが出る。
石橋:自分のためより、チームのための方が、力が出ますよね。僕はよく、「居場所」と言うんですけど、会社を辞めていく人の共通項があって、「集団の中に居場所がなくなった」って言うんですよ。役に立っていると思える人は、辞めようとしない。つらいことがあっても、仲間の中で自分の存在が認められていると頑張れるわけですよね。
個人の業績だと、結果が出なくなった瞬間に居場所がないですよね。そうじゃねえだろう、って。「おまえにはちゃんと役割があるだろう。それを果たしていたら、良い業績の時もあれば悪い時もある」と。それをみんなが認め合っていれば、それでいいんですよ。
カネボウが悪くなってしまった1つのポイントとして、「売り上げを常に上げるように求められて、個人も組織も疲弊した」と多くの部署の人が証言しています。とにかく数字を作らないといけない、と。
石橋:今だって、事業をやっている限り、数字は必要だとは思う。でも、何のための数字なのか。僕は、「利益の永続的な成長だよ」って言い続けている。「売上高至上主義は絶対ダメだ」と。でも、売り上げがダメだとは言っていない。利益を上げるために、一番まっとうなやり方は売り上げを上げることですよね。でも、売り上げが目的になっちゃったんです。だから、利益は上がらず、やっているヤツも疲弊していく。
去年、「10年後のクラシエをどんな会社にしたいですか」と社員にアンケートをとった。すると、「家族や友人に誇れる会社にしたい」とか「環境を大切にする会社になりたい」と。どれも正解だと思う。でも、みんなが頑張って利益をあげて、そのカネの使い方だよね、と。ボーナスが高かったり、環境保護に資金を投じられるのも、儲かったカネがあるから、そういう夢がかなうんだよね、と。何をするにも儲からなかったら始まらない。
だってうち1回、潰れたやろ、と。儲けなければ、同じことが起きる。事業を営んでいる限り、儲けることができないと夢は実現しないよ、と言っているんです。
社員旅行、数千万円の効果
そうした会話も、現場を回って、直接話した方が効果は高いのでしょうか。
石橋:今の時代、ネットとかいろいろあるし、はるかにそっちの方がいいと思いますよ。でも、芸風は変わんねえわ(笑)。直接現場に行って、みんなの顔を見ながら「そやろ、そやろ」と言って、終わったらば、「じゃあ、飲み行くぞ」と。どこまで伝わっているのか、ギャップがどこにあるのか、「確かめ算」みたいなものです。
飲んで話しながら、その反応を見たり、全体の雰囲気を確かめたりするわけですね。
石橋:うちって、やっぱりそういう会社やと思っているんです。年初にビデオで経営方針を流したりはしている。だけど、現場に行って、「今日はナマの社長、来たよお」って(笑)。「言いたいことがあれば、言ったらいいよ」って。
人事を長くやったけど、本社に呼んで面接している時と、現場に行って話をする時と全然違う。僕はよく、サッカーのホームとアウェーに例えるんですが、選手の動きが違いますよね。会社も同じで、聞き出せる話の内容も量も全然違うんですよ。本社に呼ばれたらガチガチで、ほとんど本音なんか出てこない。でも自分の職場で、普段着ならポロポロ本音が出てくる。酒飲みにいったら、もっと本音が出るじゃないですか。
退職する女子を結婚前に修業させていたわけだから、地元ではカネボウファンは多いですよね。そういう地域の店で飲んでいると、もう思っていることがバンバン出てくる。
石橋:全然違いますよね。私が本社に戻って(担当役員に)「現場でこんな意見が出ているぞ」って言えば、担当者は「もっとよく知らなければ」と現場に目が向くわけじゃないですか。それによって、経営陣と社員の距離って、もっと短くできるし、風通しをよくできるかもしれない。
どこの破綻した企業も、ダメだと分かっていてやっている経営者はいないと思う。いつの間にか、気がつかなくなってしまう。「社員のために」と最初は思っていたのに、いつの間にか「自分のため」になっていて、社員の思いとはかけ離れてしまう。社員の思いと合っているのかどうか、見ておかないと。
4年前、社員旅行を復活させたんだけど、「やるぞ」って言ったら、「えーっ」って経営陣が冷ややかな目で見る。「社長だけですよ、そんなの喜ぶのは」って。「今の子はそんなの来ませんよ」って。「あれ」と思って、しばらく考えたりしたんだけど、「お前ら、やっぱり絶対うけるよ」と。
20〜30年前までは慰安旅行って、日本中の会社がやっていたじゃないですか。で、若い子たちが「オフまで会社の人と一緒なんて嫌だ」っていうことで、下火になってきたことはありましたよ。でも、最近は違います。
本当ですか。
石橋:それには、条件があります。内容とか企画は、すべて若い子たちにやらせる。「年寄りは文句を言うな」と。入社1~2年目の子たちが必死に考えてくれて。でも、遊びと言えども、何百人という人たちを一斉に動かすって大変なんですよ。そういうことを学んでくれたら、いい話じゃないですか。
部署単位で行くんですか。
石橋:工場や支店など、いろんな単位でやっている。任せています。
社長もたまには行くんですか。
石橋:それがね、最初は「全部、俺が出る」って言ったんだけど、本当に地方から電話がかかってきて、「やっぱ、全部出られない」と(笑)。「社長やめたら出る」と言ってます。今は本社の(慰安旅行)だけ出ています。
仕事って、つらくて苦しいことは当たり前じゃないですか、カネもらってるんだから。でも、それだけじゃない。みんなで頑張ったら慰安旅行があったり、工場では地域の人と夏祭りや盆踊りをやったりね。そういうことが出来ることが、この会社の良いところだと思うんですよ。
それがなければ、個人で仕事をやればいい話ですね。
石橋:そう。僕はよくそれを言うんですよ。「チームでやった方がいいと思うから会社にいるんだろう」って。「自分一人で満足できるんだったら、会社なんか辞めて個人で事業やった方がいいじゃん」って。自分以上の力を発揮する醍醐味があるから組織の中で生きているわけだから、その喜びとかを感じなかったら意味ないじゃないですか。
だから、家族主義はパフォーマンスを上げるための仕組みだったんでしょうね。
石橋:元々はね。だから、すばらしい発想だった。でも繰り返しているうちに、保身(の道具)に変わってきて、歪みが少しずつ出ていった。だから、今の自分たちの仕事に置き換え、「原点」のいい部分を引き継いでいけばいいと思うんですね。
慰安旅行もやり方によってはいい。
石橋:まあ、多くの会社はカネがないから、なくしたんでしょうけどね(笑)。全社で数千万円かかってるもん。これも、「儲けたから、旅行するんやで」って。がんばった分は反映されるように、経営者は絶対にやっていかないといけない。ボーナスや福利厚生などトータルしてみた時に、頑張った分は会社が答えてくれているなと実感させろ、と。会社だけ良くなっていて、自分の生活が変わらなかったら、「搾取されてるだけだ」と考え始め、誰も頑張らないですよ。
慰安旅行も、数千万円の効果はあると。
石橋:十分戻ってきます、結果的には。数千万円使っても、その子たちが数億円にして返してくれますよ。間違いないです。生きたカネ(の使い方)だと思いますよ。
親が子供にカネをかけるようなものですかね。
石橋:だから、「10周年ぐらいで社史を作って」と思う人もいるかもしれないし、全国5カ所で(10周年)パーティーを開いて「なんだ」と思う人もいると思う。ただ、(社員が)はち切れんばかりの表情で帰って行くのを見て、これはきっと「頑張ろう」と思ってくれると。費用対効果で見たら、「ナイスだな」と思いますよ。
今の企業人は、会社のことをあまり知らないと思います。でも、10年史を見ると、激動の歴史の中で、今の会社があることが分かる。「会社とは何か」を考える機会が多いでしょうね。
石橋:やっぱり会社をよく知って、好きになってほしい。何かの縁で入ってきたんだから、「この会社が日本で一番、好きな会社だ」と本人にも、家族にも思ってもらいたい。日本一の企業を目指しているわけではないけど、でも、働いていて「この会社が好きなんだ」と言える会社が素敵だと思うんですよ。
現場を回って、「働き方改革」時代の若い社員をどう捉えている?
石橋:私の若い時は、「こうやれ」って言われたら、何も考えずにやって、そのプロセスの中で、自分で意味を考えていった。
今の子はそれがまったく通用しない。「なぜ、これをするの」って。だから、「なんでこの仕事をするのか」「こういう意味があって、こう成果につながっているんだよ」とか説明する必要がある。本音を言えば、すごく面倒くさい。その面倒くさいことをきっちり説明してあげなさいって管理職に言っている。そうしないと、今の子は育たない。でも、意味づけを理解させておけば、残業でも文句を言いませんよ。
上司や先輩が説明不足だから、若手が「なんで」と反発する。
石橋:説明でかなりの部分は解決する。それでも、1分1秒も残業したくない、という連中も出てくると思います。でも、成果をあげなあかんわけで、そのためには説明してやらないと。意外とみんな、「そういうことですね」と納得してくれますけどね。
納得すれば、若い人も仕事に没頭する。
石橋:一緒だと思いますよ。チームで評価されることに意義を感じる子は、うちは一杯いてくれている。
若手に考えさせる経営
家族主義はカネボウ時代には悪い方向にも行ってしまった。どこを修正すれば、家族主義は今の時代に機能するのか。
石橋:1つは透明にすることですね。今は、ホールディングスの経営会議の議事録もかなりの人が見ることができます。隠す必要がない。とにかく可能な限り「見える化」してしまい、みんなが近いレベルで情報を共有することが、大事なんだと思う。
カネボウ時代、社長が「好調だ」とか言ってて、その実態はボロボロだった。昔の大本営発表と同じで、戦況はいいと言い続けていて、最後は原爆をボーンと落とされて負けた。国民の大部分は、こんなにボロボロに負けてると知らなかったわけじゃないですか。
苦しいなら、みんなでシェアしておけばいい。社長も工場長も特別な人間がやっているわけじゃない。だから、悪い状況に陥っても、みんながシェアしてたら、誰かのアイデアが救う時もありますよね。社長一人のアイデアで切り抜けるなんて、できると思ってない。
若い頃、カネボウで腹が立ったことがあってね。上司から「お前ら危機感がない」と怒られたことがあるんですよ。怒っている人は、会社の悪い状況をよく知っている。我々、下っ端はブラックボックスで全部隠されているのに、危機感なんてどうやって持てるんだよ、と。「ふざけるな」と思った。どこまで会社が追い込まれているか、(幹部層は)オレたちに言ったことがないじゃないか。
一方でね、悪い話を伝えすぎると、現場の勢いがなくなって、沈みかけた船から逃げるネズミも増えると言う人がいる。僕は違うと思っている。逃げるネズミは、いつかは逃げるんだ。みんながシェアしている方が、はるかに活力を生む。
僕は、ほとんどの情報を知れるように(仕組みを)作ってきたつもりなんです。経営状況から、各事業の商品の原価まで。昔は原価を教えることに大反対されました。「辞めてよそのメーカーに行ったとき、原価がばれてしまう」とか。そんなもの、調べたらわかりますわ。そんなことよりも、「この原価だから、販促費はこれくらいでないと儲からない」と教えてる。原価を隠しておいて、「儲かるような売り方をしてこい」って言われても、分かんないですよ。それよりも「どんな売り方をしたら儲かるか、君が知恵を出したらいい」と。
そうすれば、社員は利益を生む方法を、現場で考えますね。やみくもに販売数を追うのではなくて。
石橋:若い子は、みんな優秀だと思います。うちの子だけじゃなくて、日本企業の若手社員は優れている。でも、大事なのは、考えさせることですよね。どんなに優秀な子でも、1〜2年考えなくなったら、確実にアホになりますよ。自分で考えることを習慣化すれば成長していきます。
考える材料が与えられなかったわけですね。日本の敗戦と同じで。
石橋:みんな隠しちゃう。
情報格差は上司の自己満足
今回の「挫折力」特集でも、『失敗の本質』を書いた野中郁次郎さんのインタビューをしました。彼は、日本企業の多くの失敗って、日本軍の失敗と重なると言います。ガダルカナル戦とかミッドウェー戦と同じで、情報をフィードバックしないまま、お友達ネットワークで事態が進んでいく。空気を大事にするとか、もう同じような組織問題ばかりです。
石橋:そうですね。それが、流行の言葉では「忖度」につながったり、下の方からは「今の経営陣を守るために、粉飾に近いけれども、やらないとダメだ」とか、いろんなことが起きる。ぼくは正しい情報が伝わるという状況を作ることが、そういうことの抑止力になるような気がするんですよ。
情報をオープンにして困ったことはありましたか。
石橋:1つもないです。
そうですよね。
石橋:あるわけがないですよ。だから、結局、情報格差は、役職上位職の「自分の方が多くの情報を持っている」という自己満足だけだったんですよね。
情報格差によって、組織を統率できると勘違いする。
石橋:そうそう。そこが全部ボトルネックになって情報が伝わらない。大事なことを言っても、幹部が止めてしまう場合もありますよね。下から悲鳴があがっていることも、その人が(上に)止めちゃう。その上下の両方向に、スムースに正しい情報が伝わっていれば、もっと判断を早く、正しくできたのに。
カネボウは関係会社で決算数字をつけ回す「循環取引」もやっていたが、これも情報がオープンだったらできなかったことですね。
石橋:オープンだったらね。オープンになれば、みんなが意見を言えますし、間違いを犯す確率は確実に減るんだと思います。
多くの経営者はそこまで胆力がない。情報をすべて出せば、自分の判断ミスも明らかになりかねない。それでも、オープンにした方がいいと言い切れるのはなぜですか。
石橋:潰れたからですよ。会社が続いていたら、世話になった上司たちの名誉を傷つけてしまうとか、考えてしまう。ぼくらは潰れたから、全部オープンになっちゃってるので関係ないんですよ。だから、そのままオープンにしておけば、次の世代が私たちに気を遣う必要がないですよね。
石橋さんのお話だと、会社は1回潰れないとダメなのかと思ってしまいます。
石橋:そんなことないと思います。「会社は何のためにやっているの」という所だと思うんですよ。確かに過去に世話になったが、今いる社員と未来の社員のために仕事をしているわけですよね。
ただ、人間は今の自分がかわいいのは当たり前で、「なんとか自分の時代だけは乗り切りたい」と思ってしまう。過去を見てもしがらみが多すぎる。でもカネボウはそれで潰れてしまった。
だから、ほんの10%でもいいから、10年経った時の自分と会社をイメージして、少しでも良い状態を作るには、何をしておかなければならないのか、みんなでそれを考えよう、と。10年後、仕事を違う人がやった時、もっとやりやすい仕事になっているには、何を変えておく必要があるのか。みんなで考えられたら、その会社は永遠に潰れないと言い続けているんですよ。
やっぱり過去を見ると、しがらみになる恩人がいる。その存在がいない状態がいいんでしょうね。
石橋:その通りです。
しがらみを断ち切れる?
石橋:できます。だから、定年の内規を厳しく運用する。僕は任期が重要だと思っている。長い人の時代に問題が生まれていることが多い。うちの歴史もそうだった。役職上は退いているんだけど、実質上は君臨しているとか。そういうことを認めず継承することが、抑止することにつながると思いますね。うちは8年と内規で決めました。役員の定年も従業員とほぼ同じにして、徹底して守る。少しはリスクを回避できるかな、と思います。
中嶋(章義・前会長)さんも定年で辞めた?
石橋:定年です。会長も社長も定年は63歳と決めてますから。
顧問とかは就いていない?
広報:半年だけ顧問をやりました。
石橋:うちは「顧問は1年」と決めていますので、それ以上はありません。
なるほど。では、石橋さんが「老害」になることもない。
石橋:ない。顧問になったら1年で辞める。中嶋さんは会社が好きだったから来ていたけど、僕は顧問になったら会社には来ないから。そっちの方が会社のためになるでしょ(笑)。
それで、しがらみなく次の人が経営する。
石橋:そうそう。うちは大株主が(染毛剤大手の)ホーユーというオーナー企業です。サラリーマン社長とオーナー社長を同列で考えてはいかんと思うんですよ。オーナー社長は何年でもやればいいんですよ、カリスマになって。でもサラリーマンはサラリーマンです。サラリーマン社長は期限を決めて循環させていくことで、会社が長く正常な状態に保たれると思う。
最後に、カネボウ破綻劇で、一番つらかったことというと、何が頭に浮かびますか。
石橋:(10秒ほど沈黙)社員の生活が本当に守れるんか、という葛藤が一番つらかったですよね。
いろいろな会社があっていい
人事部長の時代ですか。
石橋:破綻前でしたが、「会社更正法の適用でもなんでも、早くしよう」と上司たちにかけあったことがあるんです。その時にこう言われた。「会社って、ここだからこそ生きているやつもいっぱいいるんだ。もし潰したら、そいつらに対して、どう責任を取るんだよ」と。
確かに、会社が潰れれば信用を失い、うまく再生できないかもしれない。その時に、どこかで拾ってもらえる優秀な人材もいるが、カネボウでしか働き口がなさそうな人もいる。これを言われて「うーん」と思って、腰が引けましたね。
誰に言われたんですか。
石橋:上司。でも、後で気がついたんですよ、産業再生機構に入って。実は、会社が潰れても、本当に職を失うのは役員だけなんです。儲かっている事業だったら、売却されても従業員の雇用は守られるんです。その頃、そこまで頭が回らなかった。
でも当時は、「確かになあ」と。僕の出身である化粧品事業では、美容部員の優秀だった子たちは、外資系の化粧品会社とかに引っ張られるけど、そうじゃない子たちもいっぱいいるじゃないですか。その子だって、その収入で家族が生活していることもありますよね。「その家族の生活をお前は守ってやれるのか」って言われた時は、反論できなかったですね。
でも、それで腰が引けた自分が情けなかったし、つらかった。だからこそ、再生機構に入って以降は、社員の雇用だけは絶対守るというスタンスで今日まで来ました。ありがたいことにリストラはクラシエになって一度もないんで、信念を全うできているから幸せだと思っています。
その言葉を言った上司は、自分の保身だった?
石橋:違います。本心でそう思っていた。「そのリスクをお前は負っていけるんか」って。僕はまだ40代半ばで、重たいなあ、と。人事が長かったから、走馬灯のように何千人の知ってる顔が浮かぶ。「あいつなんか無理だろうなあ」とか。「でも、あいつ、今年中学生になる子供がいるのに、生活どうなるんやろ」とか。
大家族主義だからこその悩みでもありますね。クラシエでも、その思いは続いている。
石橋:一緒です。でも、うちだけじゃなくて、東芝さんもそうだし、日本の伝統ある企業って、昔はみんなそうだったんじゃないでしょうか。だから、会社に骨を埋めようというギブ・アンド・テークみたいな関係が成立していた。今は、会社も雇用を守りきれなくなっているし、従業員側も「もっといいところがあったら移ろう」という関係が一般化していて、大家族的なものが日本から少なくなってきている。でも、僕は大家族主義的なものが好きでこの会社に入ったし、いまクラシエはそんなに大きな会社ではないけど、その精神は守りたいと思ってやっていますけどね。
「若い人の受け皿として、いろんな会社があっていい。みんな同じではつまらない」(石橋康哉・クラシエホールディングス社長、写真=村田和聡)
それは会社が大きくなってもできる?
石橋:できると思っている。それは規模じゃない、経営者の考え方だと思うんです。甘やかさず、家族だから言える厳しい事を指摘してチームとして勝つ。家族主義的会社を全否定することはないと思う。
いろんな形態の会社があっていいじゃないですか。アメリカ合理主義を生かして成功した企業もいっぱいあるから、個人主義的な評価の中で自分を成長させたい人はそういう会社に行けばいいと思うんです。会社は受け皿なわけですから、いろんな考え方があった方がいい。みんな同じだったらつまんないもん。
若い人も会社を選べるし。
石橋:ねえ。うちはこんな規模ですけど、こんなことを目指しているとフラッグを掲げる。
それを見て、思いが合った人たちが集まる。
石橋:そうそう。その企業の価値に賛同する人が集まってくれば、戦いようがあると思うんですね。
クラシエというのは、そういう意味で、チームで戦うのがいいという人が集まる原点に戻ろうとしているわけですか。
石橋:それが喜びになるような子たちが集まってきてくれているんだと思います。それが、収益力が回復してきた最大のポイントだと思って、これからもその旗を掲げ続けようと思っています。
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