ポケモン(東京都港区)の窓口として、「ポケモンGO」の開発に最初から携わった宇都宮崇人専務執行役員。ポケモン幹部に聞く舞台裏の後編では、ポケモンGOの仕様がどう決まっていったのか、知られざる開発秘話と、今後の方向性について触れていく。
ポケモンGOは位置情報ゲーム「Ingress(イングレス)」を手掛ける米ナイアンティックが開発・配信している。「前編」にあるように、2014年4月のエイプリルフールの企画を機にポケモンとナイアンティックは急接近。ポケモンGOのプロジェクトが始まった。
ポケモンはライセンス供与だけではなく、開発支援も行っている。宇都宮専務は、日米がいかに二人三脚で進めてきたかを物語るエピソードをいくつも語ってくれた。
(聞き手は井上理)
*当連載は、日経ビジネス2016年8月22日号特集「世界を変えるポケモンGO:これから起こる革新の本質」との連動企画です。
「なるべく、かわいく」「自然を感じられるように」
ポケモンの宇都宮崇人専務執行役員。ゲーム「ポケットモンスター(ポケモン)シリーズの開発を統括する開発本部長を兼ね、ポケモンGOでも最初から日本側の窓口として活躍した(撮影:陶山勉、以下同)
ここからはポケモンGOというプロダクトがどう出来上がっていったのか、具体的な開発秘話を聞いていきたいと思います。
宇都宮専務:まずは、当時まだ、グーグルの一部門だったナイアンティック側とポケモン側とで、こういうゲームはどうか、ということで企画書を出し合いました。その時、ポケモン側から出した企画ってすごく「Ingress(イングレス)」っぽいんですよ。イングレスで言うところの「ポータル(注:史跡や看板など現実世界に即したゲーム内の拠点)」すべてにポケモンを配置しましょう、みたいな。
逆にナイアンティック側の企画は、既存の「ニンテンドー3DS」向けのポケモンっぽいんです。こちらからすると、今までのようなポケモンを作りたいわけじゃなくて、位置情報ゲームを作りたい。「イングレスを面白いと思っているから、僕らは一緒にやろうと思っている」と言うと、向こうは「僕らはポケモンが好きなんだ」と。何かこう、変な感じだな、というところから始まりました(笑)。
そこで、ポケモンの石原恒和社長が「敷居を下げて間口を広くして、捕まえる遊びを中心に構成する」という、全体の方向性を提示したというわけですね。
宇都宮専務:そうですね。僕らからは、「とにかく複雑にしないでほしい」とか、「間口を広くしてほしい」とか、そういうことをずっと繰り返し言っていました。
ほかに、ポケモン側からの要求や条件はありましたか?
宇都宮専務:既存のファンから「偽物」と思われないように、ポケモンのモデルの表現はこうしてくれとか。あとはイングレスって結構クールな感じじゃないですか。だからポケモンGOも、かっこよく尖った感じになりがちだったのですが、そこは「なるべく、かわいくしてください」と。既存の「ポケモン」って女性ユーザーがすごく多いですし。
地図なんかもいろいろな配色やデザインのパターンがありましたが、やっぱりポケモンって森や草むらに住んでいる「生き物」なので、「自然を感じられるようにしてほしい」ということも結構、言いましたね。プラスで言うと、ゲームのキーになるところは、増田さんが徹底的に調整しているんですよ。
ポケモンシリーズのディレクターが徹底して調整
「増田さん」というのは、ポケモンシリーズの制作を担当するゲーム開発会社、ゲームフリーク取締役開発本部長の増田順一氏のこと。その役割を知るには説明が必要だろう。
ゲームソフトのポケモンは20年前、任天堂、ゲームフリーク、クリーチャーズという3社の協業で生まれ、その枠組みは今でも続いている。もともとゲームフリークを創業した田尻智氏が任天堂に企画を持ち込んだのが発端。そのあいだに立ってプロジェクトを調整したのが、現在ポケモンの社長を務める石原恒和氏が創業したクリーチャーズだった。
ポケモンがヒットし、グッズ販売やアニメ化などが始まると、3社は煩雑な著作権管理のための会社を共同で設立した。これが2000年設立のポケモンである(前身は1998年設立のポケモンセンター)。
石原氏がポケモンの社長に就くと、ポケモンは著作権管理に加え、プロデュースの役割も帯びる。だがソフトの開発・制作は一環してゲームフリークが担ってきた。このゲームフリークで、初代ポケモンからBGMや効果音を担当してきたクリエイターが増田氏である。増田氏は途中から、ディレクターとしてゲームデザインやシナリオなども手掛けており、ポケモンシリーズの「中軸」と言える。
ゲームフリークの増田順一氏(左)は、昨年9月に開かれたポケモンGO発表会にも顔を見せていた(写真:時事)
増田さんは、具体的にどう関わったのでしょうか?
宇都宮専務:増田さんは、特に効果音にこだわるんですよ。ポケモンGOの開発中に、増田さんは「自分だったら効果音はこういうふうにする。これだけで面白さは全然違うからね」みたいなことを、よく言っていたんです。僕らはよく分からないので、「じゃあ、増田さんがやってくれませか」とお願いをしました。
それで、例えば、ポケモンを捕まえる時の「ピチッ」という音とか、そういうのは増田さんが全部、細かく調整してくださって。遊んでいると、音楽が流れたり、ポケモンを捕まえたりする場面って、ものすごい回数になる。ここはある意味、増田さんというポケモンの源の人にやってもらうことで、ポケモンらしさを担保していったところがあります。
アイテムの仕様や課金の仕組みなどは、どう決めていったのでしょうか。
宇都宮専務:お互いにアイデアを出し合っていったのですが、課金につながる部分は、ポケモン側で考えていったものが多いですね。例えば、「タマゴ」を歩いてかえす、というのは、ポケモンの本編にもあるので、これは「絶対にやりたい」と。
僕らは細かくというよりは、「タマゴをやりたい」「そこをマネタイズにうまく使えると思う」みたいなことを言う。具体的なデザインに落としたり、持てるタマゴの量を「9個」にしたりというのは、ナイアンティック側が考えてくれました。
際限なく課金し続けることができない仕組み
ポケモンGOの「タマゴ」の画面。「ふかそうち」に入れて、タマゴに応じた距離を歩くと、ポケモンが出てくる
ポケモンGOは無料で十分に遊べるが、課金アイテムも揃っている。例えば、前出のタマゴは、実際に歩いた距離に応じて新たなポケモンが生まれるアイテムで、様々なアイテムがもらえる「ポケストップ」に立ち寄ると、たまに出てくる。
タマゴをかえすには「ふかそうち」が必要で、かえせるタマゴは、ふかそうち1つにつき1個。全員、無料のものを1つ持っているが、何個もタマゴを拾った場合、使用中のふかそうちが空くのを待たねばならない。タマゴからは捕まえにくい希少なポケモンが出てくることも多く、1つのふかそうちで地道にタマゴをかえすのが億劫なユーザーに、1個150円ほどの有料のふかそうちが人気となっている。
どのキャラクターが出現するか分からないタマゴは、既存のゲームアプリの「ガチャ」と似ている。しかし内容は、似て非なるもの。既存のゲームアプリに比べて、極めて“良心的”と言える。
既存ゲームでは、ハマったユーザーがお金を際限なく払い続けてしまうような仕組みが多く、希少なキャラクターの出現率が高いと謳ったガチャを1回300円ほどで販売するのが通例。狙ったキャラクターが出るまで、連続して数万円分を使ってしまうユーザーが一定割合存在し、それが大きな収益源となっている。翻ってポケモンGOはその逆を行く。
例えば、希少なポケモンが出現しやすいと謳った「金のタマゴ」などを販売すれば、より儲かるはずだが、そうはしない。タマゴは買えないし、キャラクターを出現(孵化)させるまでに、「2km~10km歩く」という一定の時間を必要とする。加えて一度に持てる=孵化できるタマゴの量は9個という制限もある。つまり、連続してお金を支払い続けることができない仕組みなのだ。あくまでも、足を使って歩かない限り、強くなれない構造になっており、課金アイテムの効果は「補助」に過ぎない、というのが大きな特徴と言える。
「課金をヘルシー(健康的)な水準にとどめたい」というのが、ナイアンティック側と、任天堂・ポケモン側の共通認識だった、というお話がありました(「前編」を参照)。
宇都宮専務:今の「ポケモンGO」でも、僕らはそんなに高いとは思っていなくて、安くしているつもりなんですけれど、ナイアンティックの人たちって、それ以上に、グリーディー(貪欲)じゃないんですね。
もともと、グーグルのエンジニアの人たちって、「お金のことなんて考えるな、ユーザーのことだけ考えろ」というふうに徹底的に教育されているので、課金に対して、ものすごく嫌がるんですよ。なので、僕らは「独立した以上はお金が必要ですよ」とか言いながら、なぜお金をもらうことが必要なのかというのを、ナイアンティックのエンジニアの人たちに納得してもらうところから始めました。
僕らもそんなにガツガツしていない方なのに、その僕らが「課金は必要」と説得するのはおかしくないか、と思いながらやっていたんですけれど(笑)。
ポケストップに設置すると、周辺にポケモンが出現しやすくなる「ルアーモジュール」という課金アイテム(1個100円程度)も人気です。使うと「そこにユーザーが存在することが可視化される」、「課金した自分だけではなく、周辺のみんなに効果が及ぶ」という特徴が、ゲームの盛り上がりに一役買っています。
雑談が現実となった「ルアーモジュール」
ゲーム内で見た東京・世田谷公園の様子。ルアーモジュールが設置されているポケストップは花びらが散っているように見える
宇都宮専務:このゲームはイングレスに比べて、自分が遊んでいることがほかのユーザーになかなか伝わりにくい。加えて、ポケストップの魅力をもう少し足せないかという課題もありまして。開発の最後の段階でそれらを解決できないかとナイアンティック側に提案したところ、ルアーを考えてくれました。本当にナイアンティックさんらしい、すごく面白いアイテムだと思いましたね。
ユーザーのみならず、ポケストップの周辺の飲食店なども自腹でルアーモジュールを設置して、誘客・集客に活用しています。
宇都宮専務:雑談ベースで、「商店街の人たちもポケモンGOを使えるようになったらいいよね」と話していたことはあるんですね。けれども、まさかルアーがそういう役割になって、こういうふうに使われるとは思っていなかったので、びっくりしました。
育てたポケモン同士を戦わせる「ジム」も重要な要素ですが、これはどう決まっていったのでしょうか?
宇都宮専務:ジムは、もともと両社が考えていました。ナイアンティック側は、「もっと時間のかかる、もっと戦略的なものにしたい」と最初は言っていたんですけれど、僕らは「単純にしたい」という話をしながら、決まっていった感じです。
国内では日本マクドナルドと提携し、配信開始と同時に、「マクドナルド」の全店がポケストップ、またはジムとなり、話題となりました。
東京都内のマクドナルド。ポケモンGOで遊ぶ人たちで、レジに並ぶ列も長くなった
宇都宮専務:ゲームを4980円で売っている僕らとしては、基本的にはゲームというのは適正なお金を払って遊んでもらいたい、という考えが根底にあるんですね。ただ、ナイアンティックの皆さんは先ほど言ったようにユーザーにお金を払わせたくない人たちなので、(スポンサーは)そこから出てきた考え方の1つです。
マクドナルドに続き、TOHOシネマズとも提携し、TOHOシネマズ全館(一部を除く)がポケストップになるという発表もありました。イングレスのように、今後も増やしていく考えですか?
宇都宮:そこはちょっと僕が答えにくい部分で、ナイアンティックと協議をしながら、ということしか言えません。
ただ1点、今となれば笑い話ですが、本当に直前まで、我々はナイアンティックというベンチャーをどう維持存続させていくかということを、ずっと考えていたんですよ。そういう意味でも、課金収益は必要だと思っていたんですけれど、今はちゃんとお客さんが一定の金額をお支払いくださっているので、そこは(スポンサー収益が中心の)イングレスとは違う部分だと思っています。
都会と地方の「格差問題」を解消へ
あれほど、ポケモンGOの熱狂を報じていたメディアは、早くも「ポケモンGO離れ」「ピークを過ぎた」などと手のひらを返し始めた。だが、配信直後の爆発的な普及速度は、過去のどのアプリを超えるものであり、そこからダウンロード数などの指標が落ちるのは当然、とも言える。初速がすごすぎたのだ。
ポケモンGOが定着するか否かを論じる上で重要なのは、ユーザーや受け入れる社会の不満をどう解消していくか。当事者は、課題をどう捉えているのだろうか。
地方ではポケストップやジムが少なく、地方ユーザーからは不満も出ています(「『東京うらやましい」ポケモンGO、地方の嘆き』を参照)。
宇都宮専務:都会と地方の格差問題については、大変多くのお問い合わせをいただいており、課題意識を持っています。何とかしたいと思っていますし、むしろ都会から地方へと足が向かうようなことができれば、と考えているところです。ただ、ここは技術的なところも含め、少し時間をかけながら解決していかなければならない、とも思っています。
ポケストップやジムは、イングレスのポータル情報を流用しています。つまり、もともとポータルが少ない場所は、ポケストップやジムも少ない。解決には、新たにポータルを増やす取り組みが必要です。
宇都宮専務:そこはナイアンティック側の判断になりますが、(地方格差を)ポータルで解決する場合はそうですね。ただ可能性はいろいろ模索したいと思っていまして、ポータル以外にも、そもそもポケモンが出にくいとか、いろいろなことが言われていますので、うまく解消できないかと日々、考えているところです。
「人が集まりすぎて危険・迷惑だ」として、ポケモンが出現しないようポケストップなどの削除申請をする自治体や神社仏閣、公共機関なども出てきました。
宇都宮専務:迷惑だとか、危ないとか、そういったご指摘について、(ポケストップなどを削除するか否かの)最終的なジャッジはナイアンティックが行いますが、僕らとしても安心・安全なものであってほしいので、危険性があるのであればちゃんと申し入れをしていきます。
ただ、非常に判断が難しい状況になっています。「削除申請をした」と報道されたところでも、丁寧にご説明を差し上げると、「やっぱり残してほしい」と撤回されるケースもありますし、要望を受けて削除したら、ユーザーさんから「何で削除したんだ」というお問い合わせをいただくこともすごくありまして。なので、一つひとつ協議をしながら進めていくしかないのかなと思っています。
「まだ、成功だとは思っていない」
宇都宮専務:僕はまだ、「成功した」と社内で言ってないんですよ。本当にそう思っていないんです。いわゆる「社会との折り合い」をつけないと、ポケモン自体のブランドを損なうことにもなりかねないし、その辺の舵取りを間違えるとプロジェクト自体の失敗にもなる。
なので、僕は何とか社会に受け入れられる形で着地できて、初めてプロジェクトがうまくいったと言って、お酒を飲めるんじゃないかなと思っています。
今後の進化についてですが、ハンケCEOは「ポケモンをユーザー同士で交換できるようにする」と明言しています。
宇都宮専務:当然、僕らも「ポケモンと言えば交換」というところもあるので、いろいろな問題をクリアできればやりたいなとは思っています。いつなのかは、言えないというか、分からないです。本当にサーバーの(負荷の)問題が結構、大きいので、それ次第かなと。
引き続きどう楽しんでもらうか、長続きさせるかというのは、これから議論をしていきますが、長い目で見たら、「ポケモンって本当にいるんだ」という説得力をどんどんと上げていく方向にしていきたいですね。
配信前、うまくいくかどうか分からず、「暗闇」にいた頃、僕は自分の子供と一緒にテストに参加していたんですけれど、そこで6歳の子が、「お父さん、ポケモンって本当にいたんだね」と言ったんですよ。それを聞いて、おおっ!といい意味でショックを受けたんですね。
僕はずっとそのことを、自分たちを鼓舞するために、社内にもナイアンティックにも言っていましたが、何かそういう方向にプロダクトを発展させていけたら嬉しいなと、ポケモン側からはそう願っています。
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