安倍、財投直前にJRタワー泊
下の表は、葛西が社長に就任してから、歴代首相との面会数を記録したものだ。社長就任後、最初に会った首相は、国鉄改革で手を組んだ橋本龍太郎だった。しかし、面会数はわずか2回で、年平均0.78回の計算になる。ところが、06年に第1次安倍政権が発足すると、1年で7回も面会する。その後、政権が変わると面会数は急落していくが、12年に安倍が首相に復活すると、その後45回(年平均8.00回)も面会を繰り返している。
アベノミクスの政策や効果を出すため、安倍は財界人の知恵が必要なのだろうが、葛西との関係は突出している。第2次安倍政権で、葛西に次ぐ面会数は経団連名誉会長(東レ相談役)の榊原定征の27回、3番手に富士フイルムホールディングス会長の古森重隆の21回と続く。
安倍を支える経済人の会、「四季の会」は葛西を中心に構成され、東大同期卒の古森や与謝野馨らが名を連ねる。幼少期を敗戦の焦土で育ち、高度成長期の職場を体験した世代だ。ちなみに与謝野は日本原子力発電に勤務経験があり、原発推進論者の代表格だった。
安倍の大親友である葛西は、14歳年上で「経済の師」のような存在に違いない。国鉄改革で、中曽根康弘、三塚博、橋本といった大物政治家を動かし、自らを「日本帝国の官僚」と表現した。その葛西が推し進めるリニア計画は、再び日本が世界の頂点を目指すシンボルと感じているのかもしれない。
14年、米国にリニアを輸出すべく、駐日大使のキャロライン・ケネディをリニア試乗に招いた。その時、安倍と葛西が乗り込み、挟み撃ちにするように売り込んだ。
そして、16年6月、安倍は財投3兆円計画をぶち上げる。
首相在任期間 | 葛西との 面会回数 | 年平均 面会数 |
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村山富市 | 1994/6-96/1 | 0 | 0回 |
橋本龍太郎 | 96/1-98/7 | 2 | 0.78 |
小渕恵三 | 98/7-2000/4 | 1 | 0.59 |
森喜朗 | 2000/4-01/4 | 0 | 0 |
小泉純一郎 | 01/4-06/9 | 3 | 0.55 |
安倍晋三 | 06/9-07/9 | 7 | 6.98 |
福田康夫 | 07/9-08/9 | 2 | 2.00 |
麻生太郎 | 08/9-09/9 | 4 | 4.08 |
鳩山由紀夫 | 09/9-10/6 | 2 | 2.74 |
菅直人 | 10/6-11/9 | 1 | 0.81 |
野田佳彦 | 11/9-12/12 | 2 | 1.51 |
安倍晋三 | 12/12-現在 | 45 | 8.00 |
同日に複数回会った場合も面会1回とする。日本経済新聞「首相官邸」、朝日新聞「首相動静」、毎日新聞「首相日々」を基に編集部で作成
その直前の記録を追うと、安倍と葛西が頻繁に会合を繰り返していたことが分かる。約半年間で6回(年平均14.13回)にも上る。
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