談合が生まれる構図

 リニア談合も後から振り返れば、JR東海とゼネコンの力関係が逆転したポイントと位置づけられるかもしれない。

 14年、国からリニア工事の認可が出るころ、リニア談合と呼ばれる大手4社の会合が始まっている。当時は、東京オリンピックに向けた建設需要が予想されてはいたものの、「21世紀最大のプロジェクト」といわれるリニアを前に、「JR東海から仕事をもらう」というゼネコンの姿勢は変わりなかった。

昨年12月、リニア談合事件の捜査で、鹿島の本社を出る東京地検の車両(写真=朝日新聞社)

 1km200億円といわれるリニアの工事費だが、都心部のトンネルは400億~1000億円の物件もある。「リニアは公共工事よりも安い」(ゼネコン担当アナリスト)ことは業界の常識となっている。

 JR東海は発注に際して、施工者の技術力を評価する独自の「競争見積方式」を使っている。まず施工法や価格をゼネコンと交渉する。そして工区への技術提案などを聞いて1社に絞り込む。だが、価格交渉が不調に終われば、他のゼネコンに価格を提示させる。JR東海の立場が強ければ、「言い値」に従わなければならない方式と言える。

 だが、建設業界には「汗かきルール」が存在する。調査や設計、試算などに協力したゼネコンを優先するという暗黙のしきたりだ。

 「設計や技術開発などの協力をして、そのコストを工事価格に乗せなければ赤字になる。それを『高すぎる』と言って他の業者に値段を聞けば、汗をかいてない分、安くなるに決まっている」。中堅建設会社のトップはそう批判する。

 大成建設が、名古屋駅のリニア工事でJR東海の想定価格の3倍近い1800億円を提示した。昨年完成した駅直結の高層ビル「JRゲートタワー」を建設した際の赤字を回収するためとみられる。JR東海は清水建設と鹿島にも入札を要請するが、大成からの情報を基に、両社はさらに高い価格を出した。

 リニア談合事件では、発注者であるJR東海が高値を強要された「被害者」であるかに見られがちだ。しかし、この事件に、伝統的な談合の概念は通用しない。JR東海は民間会社なので、そもそも工事の発注方法に縛られない。ところが、独自の競争見積方式で、高水準な工事技術を求めながらも価格を抑えようとしてきた。しかも、その交渉過程が見えない。

「リニアはやりたくない」

 今後、未発注のリニア工事のコストは上昇カーブを描くのではないか。

 「ゼネコン業界全体がバブル期を超える最高益をたたき出している。難工事の割に安価なリニア工事は正直、やりたくないだろう」(三菱UFJモルガン・スタンレー証券シニアアナリストの水谷敏也)。人手不足もあって、生産能力の限界で工事を回している。今後、現場作業員を中心に賃上げは必須で、そのまま工事価格に跳ね返る。

 だが、JR東海は早く工事契約を進めなければならない。リニア談合で国交省や東京都が大手ゼネコン4社を指名停止にしたが、JR東海はそうした処分を下していない。ゼネコンはその足元を見透かしている。

 「(発注が)止まったらJR東海が困る? そうでしょうね」(清水建設副社長の東出公一郎)

 鹿島常務の勝見剛は、一般論としてこう語った。

 「官工事は途中でコストが変わっても、その分を払ってくれる。民間の場合は渋るし、カネがないケースもある」

 JR東海は名古屋開通の期限に追い立てられている。

 昨年、三菱重工がリニアの車両製造から撤退したと報じられた。車両開発をリードしてきた会社に何があったのか。取材すると思いがけない答えが返ってきた。

 「いや、数年前に撤退しています。なぜ、昨年になって記事が出たのか分かりません」。撤退時期や理由を聞くと、「厳しい守秘義務契約になっていて、こちらからリニアの話は一切できない」と回答を断られた。

 JR東海に聞いた。

 「こちらの予算と懸け離れていた。2~3割というレベルではなくて、もう倍とか、交渉の余地がない数字でした」。JR東海のリニア開発本部長だった特別顧問の白國紀行は、そう破談の経緯を説明する。

 リニアに飛行機技術を持ち込み、時速500kmを実現させた立役者の撤退劇──。

 事情を知る関係者は重い口を開く。

 「先頭車両という困難なところだけを生産させられ、もうかる『どんがら(中間車両)』はやらせてもらえなかった」。先頭車両だけでは量産効果が出せなかったのか。そして残ったリニアL0系の生産実績があるのは、赤字の子会社、日本車輌製造だけになった。

 すべてを闇の中でひた隠しにしながら、リニア計画を推し進めるJR東海。そして、膨張するコストと矛盾は、制御不能な域に達しようとしている。

 だが、狡猾なJR東海は、まさかの時の「カネづる」を確保している。それは、国民を巻き込む巨大な仕掛けだった。

取材班が見たリニアの現場
山中の残土(長野・大鹿村)
南アルプスのリニア工事現場からクルマで数分。土曜だが重機の音が響く
リニア実験線(山梨・都留市)
リニアの姿は見えないが、一瞬で近づいて去る風切音で通過が分かる
崩落事故も(長野・中川村)
リニア建設に絡み新設されるトンネル。工事で山肌が崩れた
ここにリニアが(山梨・南アルプス市)
高架が建つ方向を示す自治会長の井上英磨
予定地が頓挫(長野・松川町)
ガイドウェイ製作ヤードが制度上、困難に
広がる残土場(山梨・早川町)
残土の山の上では運ばれた土砂をショベルカーがならす
模型上の路線(長野・大鹿村)
「地盤が緩く、トンネルを掘るのは難しい」と話す中央構造線博物館の河本和朗
狭い生活道(長野・中川村)
大型車のすれ違いは困難。不安を漏らす住民もいた
覆われた残土(山梨・早川町)
雨などでの流出を防ぐため、シートが掛けられている
リニアが通る丘(山梨・富士川町)
ベンチで弁当を食べる親子。「この景色が見られなくなる」と嘆く
行き交うダンプ(山梨・早川町)
運ばれた土砂で、残土の山はまた大きくなる
立木トラスト(山梨・中央市)
畑を所有する内田学。「絶対に売らない」と語気を強める
囲われた残土(長野・大鹿村)
斜坑建設現場の近く。作業員とみられる人たちを乗せた県外ナンバーのクルマが脇を通る
作業用トンネル(長野・大鹿村)
近づくと、あわてて工事関係者がゲートを閉めた

 詳細は2018年8月20日号の『日経ビジネス』、『日経ビジネスDigital』で公開しています。