「もしかしたら、成田闘争を超えるかもしれない」

あふれる残土、ドーム50個分

 山梨県南アルプス市宮沢地区。104世帯の小さな住宅地をリニアが縦断することが分かったのは4年ほど前のこと。自治会長の井上英磨は、JR東海の尊大な態度に反発し、「絶対に動かない」と突っぱねた。

 「ちょうどここをリニアが走る」。井上が両手を広げて示した場所には、地神が祭られていた。地区内の立ち退き対象は7世帯だが、残った人にも騒音や日陰の問題が起きる。宮沢地区は、自治会で「住民の総意として反対」と決議し、JR東海の地区説明会の開催を拒否している。

 山梨県では甲府盆地を横断するため、地上に高架を建設する区間が長い。そのため、住民との交渉は難航を極める。

 山梨県中央市の内田学も、4年前に自分の畑を通過することを知った。

 「もっと北を走ると思ってたのよ」

 そしてリニアのことを調べ始めた。技術者でもある内田は、大量の電力を使ってマイナス269度で超電導状態にすることや、その失敗によるクエンチ現象の事故を恐れた。

 「これは地球に挑戦状を突きつけるようなものだ」。そして、反対する人々を募り、畑の桑を1本1000円で売って名札を付ける「立木トラスト」を始めた。JR東海は、一人ひとりに同意を取らなければならない。その数、700人。

 「桑は神のように信仰されてきた。それを根こそぎ持っていけるのか」(内田)

 山梨県は1990年にリニア実験線の建設が始まってから、すでに四半世紀が過ぎている。その間に、地元の人々はリニア工事が引き起こす問題を間近で見てきた。

 慶応義塾大学名誉教授の川村晃生は、その歴史を追い続けてきた一人だ。

 「リニア実験線では、トンネルから出た500万m3もの残土の置き場に困った。今回は5680万m3もの残土が出るが、どこに処分するのか」。東京ドーム約50個分といわれる残土を置く場所がなければ、掘り進むことができず、リニア計画は頓挫する。

 実験線に近い笛吹市の2つの巨大な谷が、残土で平らになるほど埋められていた。「当時はアセスメントの概念がなかったから、こんなデタラメができた。今回は許されないだろう」

 川村が注目しているのは、南アルプストンネルの掘削工事が始まっている早川町だ。この町に行くには、門前町として有名な身延町から、山沿いの一本道を走るしかない。途中で残土を積んだ巨大トラックと何度もすれ違う。

 町内には、すでに河原や空き地に残土が積み上がっている。ゼネコン2社が、川沿いに残土を積み上げていた。一方は、12層にも積み上げるという。「予定より遅れたが、あと1カ月ぐらいで終わる」。作業員はそう苦笑いした。

 早川町から出るリニア工事の残土は326万m3で、「半分は置き場が決まっている」(副社長の宇野)。裏を返せば、まだ半分の残土の行き場がない。

 「知る限り、早川町にはもう、まとまった残土置き場がない。そうすると、一本道を通って、延々と違う町まで運んでいくことになる」(川村)

 なぜ、小さな早川町が、巨大工事を認めたのか。実は、昭和30年ごろ、ダム建設で町が潤った歴史がある。だが、工事の終了とともに町は寂れていった。

 今回、リニアに協力したことで、念願だった北東に抜ける道路が建設される。盛り土方式で造られ、残土の処分場も兼ねる。だからだろう、JR東海が建設費の60億円超を負担する。

 「まるで麻薬漬け。地域の自然がJR東海にしゃぶり尽くされている」。近隣の住民はそうため息をつく。

リニア計画地にカフェ造り対抗

 その狡猾な手法は、沿線のあらゆる地域に見られる。

 相模原市の山間地、鳥屋。串川が流れ、サルや鹿が生息する地に、リニアの車両基地が建設されると報じられたのは2013年夏のことだった。

 「最初は、さして気にならなかった。だけど、翌年から説明会が始まって、これはおかしいと思い始めた」

 周辺に土地を持つ栗原晟は、関連資料の閲覧に出向き、その規模に驚愕した。幅350m、長さ2kmにわたる広大な基地だが、驚くべきは、高さが最大で30m近くもあることだった。小学校の体育館に覆いかぶさるように造られる。

 「まるで飛行場だ。残土処分との一石二鳥を狙ってるんじゃないか」

 栗原はリニア計画に疑念を抱き、同志を集めて、引き込み線がぶつかる土地を11人で共同登記する「土地トラスト」に打って出た。そこに集まって、デッキや布製の屋根を作っている。

 森カフェトラスト──。

 そう名付けた共同作業は、回を追うごとに人数が増えてきた。直近では、30人近くが集まったが、大学生など若者が目立つようになった。

 「木を伐採して眺望をよくし、音楽会などイベントを続けていく」(栗原)

 山梨側から入ったリニアは、南アルプスを抜けて、反対側の長野県大鹿村に出てくる。この地の少なからぬ住民が、災害の再来を恐れている。

 三六災害。昭和36年、集中豪雨が伊那谷を襲い、土砂崩れや地滑りが多発。中でも大鹿村の大西山の大崩壊は災害史に残る惨事で、42人が亡くなった。

 南アルプスは隆起が激しく、日ごろから山の崩落や土砂崩れが多発している。だから、トンネルの出口は危険を極める。すでに、リニア工事の影響で県道の土砂崩落事故も起きている。

 それでも、JR東海はカネにものをいわせて計画を推し進めていく。

 「グランドに残土を置かせてくれれば、体育施設を造る」。JR東海からそう提案され、予算が乏しい村議会は了承してしまう。残土で5mもかさ上げした上にテニス場や体育館が建設される。

 「見上げるテニス場っておかしい。代々、『リニアグランド』と揶揄される」。村議会議員の河本明代は顔が曇る。

 それでも村内で300万m3という残土は処分できず、運び出す道路のトンネル工事にJR東海は35億円を投じる。

 ダンプが行き交う村で、温泉宿「山塩館」を経営する平瀬定雄は、客の減少に悩まされている。「ダンプの通らない道はありませんか」。宿に着くなり、そう聞いてくる客が後をたたない。

 「村もJRに丸め込まれ、下請け会社と化している」。かつてはリニア絶対反対だったが、今では現実主義に転じた。

 「やるなら早くやれ」。そして、関連の消費や下請け工事も、少ないながら、搾り取らなければならない。

 「それこそ談合でもやらないと、こっちがすり切れていくだけだ」(平瀬)

 JR東海は、リニアの完成が遅れれば、収入のないまま巨額の投資を続けることになる。その焦りから、カネで解決しようとする。大井川の水量問題で静岡県だけが工事に入れない。そこでJR東海は静岡市と工事連携の合意を取り付けた。だが、その見返りに、地元住民が要望していた3.7kmのトンネルをJR東海が全額負担して建設する。その額は、140億円にも上る。

 しかし、県知事や市民団体から猛烈な批判を浴びると、市長は大井川の問題についての発言だけ撤回。結局、JR東海は、巨額のカネを突っ込みながらも、着工のめどが立たない。