開発トップがダメ出し

 家田が「明日」という未来は、どのような世界なのか。

 炎天下の山梨県でリニア実験線に試乗した。JR大月駅からクルマで15分、JR東海の山梨実験センターから5両編成のリニアに乗り込んだ。

 運転開始から時速150kmまでは車輪で走行する。そこから車体が浮き上がり、騒音が少し静かになる。そして2分半で時速500kmに達する。その時、振動や騒音は少し大きいが、新幹線の車内とさほど差はない。周囲とも会話ができる。逆に、減速していくと、時速300km台は徐行運転しているように感じる。そして、時速150kmでガタンという振動とともに「着陸」する。

 わずか30分ほどの試乗だが、50年以上かけて開発を重ねてきた技術の完成度の高さは体感できる。ただ、車内は少し窮屈で、両側2席ずつの配列だが、座席の幅や前後のシート間隔も新幹線より狭い。それは、車両開発を主導した三菱重工業が、飛行機の構造を持ち込んだからだ。

 鉄道車両の断面は、通常は四角になるが、リニアは卵のような円形になっている。飛行機の胴体と同じで、車内空間は窓側にかけて狭くなっていく。開発当初は座席上に荷台が設置できず、騒音で隣の人の声が聞こえなかった。

 そこで、防音対策や、鉄道車両に近い形状への設計変更を重ね、新幹線に近い乗車感覚に仕上げてきた。

 だが、そんな短時間の試乗で「いける」と思い込むのは危険な素人考えだとJR東日本元会長の松田昌士は言う。国鉄時代からの経験を基にこう話す。

 「歴代のリニア開発のトップと付き合ってきたが、みんな『リニアはダメだ』って言うんだ。やろうと言うのは、みんな事務屋なんだよ」。高価なヘリウムを使い、大量の電力を消費する。トンネルを時速500kmで飛ばすと、ボルト一つ外れても大惨事になる。

 「俺はリニアは乗らない。だって、地下の深いところだから、死骸も出てこねえわな」(松田)

 品川~名古屋間は、路線の86%が地下を走行する。また、地上部分も騒音対策としてフードで覆われる場所が多くなると予想される。

 なぜ、これほどトンネルが多いのか。それは、2つの都市を直線で結ぼうとするため、南アルプスなどの山岳地帯をことごとく貫通していくためだ。

 もう一つの理由は、土地や建物の買収を回避できること。特に、都心部や名古屋地区は地下40m以深の「大深度地下」を通るため、法律によって公共利用と認められれば、補償する必要すらない。

 人知れず、地下を掘り進める計画を練ってきたJR東海。だが、ここにきて、その全貌が水面上に姿を現し始めると、大きな摩擦を生み出している。リニア計画の先行きには暗雲が垂れ込める。

(写真=Bloomberg/Getty Images)

現代の成田闘争へ

 JR橋本駅(神奈川県)から徒歩10分。5階建てビルのオーナーに、ワイシャツ姿の男が尋ねてきたのは昨年のことだった。

 相模原市役所のリニア事業対策課の職員だと名乗ると、こう切り出した。

 「このビルの下をリニアが走ることになりまして、ちょっとお尋ねしたいのですが」。橋本駅の地下にリニアの駅ができることは近所の話題になっていた。リニアは通過する各県に1駅ずつ中間駅を造る。人が増え、地価が上がると噂された。だが、自分の敷地の下を通るとは思ってもいなかった。

 だが驚くのは早かった。

役人をカネで味方にする

 「このビル、どのくらい杭を打ってますかね」

 オーナーは巨大地震にも耐えられるように、20m以上の杭を打った。業者から「200年もつ」と言われた。

 「詳しく調査させていただきたいのですが、恐らくリニアにぶつかります。取り壊していただくことになるので、立ち退きか、低層への建て替えをお願いします」

 突然のことに声が出ない。地元で育ち、50年以上ここで商売をしてきた。

 「おまえ、JRと市民と、どっちの味方なんだ」

 すると、こう返ってきた。

 「JR側の人間です」

 JR東海が背後でカネを払っている。なぜ、自分たちで説明に来ないのか。市役所の職員相手では、強く出るわけにもいかない。

 市民も分断された。立ち退きに反対する人もいる中で、早々に受諾する住民もいる。

 「地形が悪くて売りにくい物件なのに、急上昇している駅前物件と同じような評価額を提示されたらしい」。東橋本に住む60代の女性はそうつぶやいた。

 巨額のマネーで路線の住民を「買収」していく。しかも、交渉役は地元の自治体にカネを払って委託する。

 そんなJR東海だが、住民説明会だけは自らが説明に立つことになる。ところが、その会場では荒れた株主総会のような罵声が飛び交う。

 5月中旬、都内の区民プラザの壇上に6人の社員が登壇した。住民は1人につき質問3つまで。しかも、3問を続けて述べるよう迫られ、終わるとマイクを取り上げられる。すると、社員が「慎重に進めてまいります」「モニタリングします」などと具体性を欠く回答を続け、住民をいら立たせる。

 「おい、答えになってないじゃないか」「質問に1つずつ答えないと、対話にならない」とヤジや怒号が飛び交う。

 すると司会の若手社員が会場をにらみつけながら「ご静粛に」と大音量のマイクで繰り返す。最後は、「時間が過ぎている」として説明会を打ち切る。

 JR東海の用地取得の手法は、業界内でも異例だという。大手ゼネコン幹部は、山梨や北信越で長く道路やトンネルの工事現場に携わった。道路会社は用地取得に当たって、職員が地域に溶け込むため、酒を酌み交わしながら長期間かけて信頼関係を築いていく。

 一方、JR東海は自治体に交渉を任せ、最後は強制収用に踏み切る方針だ。

 「土地収用法の対象事業なので、そういうことを考える時期が来るかもしれない」(副社長の宇野)

 だが、大手ゼネコン幹部はその手法に危険を感じるという。「マスコミが殺到する」。反対住民を押し切り、国民を味方に付ける理念や目的があるのか。