階段を一段ずつ上る

 「今回の欧州の買収は突然アクセルを踏み込んだように見えるかもしれないが、僕の経営スタイルはずっとギアをローにして、階段を一つずつ上ってきたイメージだ。大型買収ではあるがアサヒに、これだけのことができる人材、ノウハウが積み上がってきたということ。各社が量を追っていた時代、我々には人材もノウハウも足りなかった。身の丈経営というとギュッと縮こまってしまうイメージを持たれるが、全然違う。我々が大きく育てば、その丈に合った戦略が取れるようになる」

 決して今回の買収は「賭け」ではないという泉谷会長。過去の海外M&Aの苦い経験から学んできたことも背景にある。振り返れば、1990年代にはオーストラリアで酒類大手のフォスターズに資本参加したが、経営悪化により撤退し、約200億円の特別損失を計上した。2011年に買収したニュージーランド酒類大手、インディペンデント・リカーでは「買収額が意図的につり上げられていた」とアサヒが主張し、売り手の投資ファンドと訴訟に発展したこともある(2014年に和解)。

 「インディペンデント・リカーについては、交渉の中で完全に詰め切れなかったことなど、チャレンジだったのは事実だ。そうした試練や失敗が我々の体験学習になってきた」

 アサヒは、2009年から2012年まで矢継ぎ早に5社を買収したオセアニアの事業から、買収後の事業運営についても試行錯誤を繰り返してきた。収益立て直しや組織再編、生産・販売の効率化に多くの時間と労力を費やした。

 アサヒの買収先はそれぞれ酒類、清涼飲料、ミネラル水など多様で、各社の生産拠点や販路は重複。効率の悪さが低収益につながっていた。

 アサヒは2011年ごろから事業の集約・効率化に力を入れた。2009年に設立していたアサヒホールディングスオーストラリア(AHA)を統括会社とし、傘下の事業会社で重複していた業務を整理。アサヒが強みとする生産管理やカイゼン活動のノウハウも注入し、工場の統廃合も進めた。

 ABインベブが活用している「ゼロベース予算」も独自に導入し、コスト削減を徹底。2015年12月期のオセアニア事業の営業利益は前期比1割増と、収益力は高まっている。勝木敦志AHA社長は「ポートフォリオの整理や人材配置などでアサヒが得た知見は大きかった」と語る。

 一方、スーパードライは輸入プレミアム商品として提案し、高級レストランなどを中心に販路を開拓した。昨年10月には低アルコールの「アサヒ爽快」をオーストラリア専用品として発売し、新規顧客の獲得を進めている。

買収は契約の前が勝負

2009年から買収した複数企業の組織再編や効率化に労力を割いたオセアニア。「アサヒ爽快」などの独自商品も投入している

 オセアニアなどでの経験を生かし「身の丈」を伸ばしてきたことが欧州での買収につながったと語る泉谷氏。買収成功のカギを握ると言われる、M&A後の統合作業(PMI=ポスト・マージャー・インテグレーション)についても持論があるという。