アサヒグループホールディングスは13日、ビール大手のアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ベルギー)からチェコ、スロバキア、ポーランド、ハンガリー、ルーマニアのビール事業を買収すると発表した。買収額は約9000億円で、日本企業による海外ビール事業買収としては過去最大だ。
アサヒは10月に旧英SABミラー傘下のイタリアの「ペローニ」など4社を3000億円で買収したばかり。大型買収を次々と実施、大勝負に出ている。
日経ビジネスでは2016年4月11日号特集「ビールM&A最終決戦」で、アサヒグループホールディングス泉谷直木会長兼CEOに、既に発表済みだった4社買収の狙いと勝算についてインタビューを行っている。
今回の買収発表にあたり、泉谷会長のインタビュー記事を再録する。
「ペローニ」(右)、「グロルシュ」(中央)とも欧州のプレミアムビールとして長年親しまれている。アサヒビールの「スーパードライ」もアジアや北米で販売強化を進めており、今後はシナジー効果をどのように高めるかが焦点だ(写真=吉田 健一)
ビール大手4社の中で、グループの売上高、海外展開の規模から見ると、3番手が定位置だったアサヒグループホールディングス(以下、アサヒ)が「大勝負」に出た。2月中旬、欧州の有力ビール会社など4社を約3300億円で買収すると発表した。
ABインベブがSABミラーを買収するのに伴い、SABミラーが切り離しを決めた事業の一部が対象で、アサヒはイタリアの「ペローニ」、オランダの「グロルシュ」など、欧州市場でプレミアムビールとして知られるブランドを手にする。年内に買収を終え、ビールの「本場」である欧州市場に、日本のビール会社として初めて本格的に乗り込む。
アサヒグループホールディングス
泉谷直木会長兼CEO
1948年生まれ。2010年にアサヒビール社長に就任し、翌年ホールディングス体制に移行した。勉強家として知られ、最新の経済動向などを愛用するメモ帳に書き込み肌身離さず持ち歩く(写真=的野 弘路)
アサヒの泉谷直木氏は今年3月末に会長兼CEOになった。2010年に社長となりアサヒの経営を担って以降、競合のキリンやサントリーは数千億から1兆円を超すような、巨額買収を繰り広げてきた。だが、アサヒは「身の丈経営」を標榜。オセアニアと東南アジアに集中したM&Aは高くても1000億円未満で、中規模な案件を多数実施してきた。
国内のトップブランド「スーパードライ」の強さを土台にした手堅い経営が評価され、時価総額はキリンを抜いて、上場酒類会社でトップを走る。そんな経営を指揮してきた泉谷氏は、会長になるタイミングで大きな「賭け」に出たのだろうか。世界に打って出るための方針の大転換なのか。泉谷会長が胸の内を語った。
「プレミアム」にポジショニング
「ABインベブがSABミラーを買収して、世界のシェアで30%、全世界のビール会社の営業利益の50%を占めるような、圧倒的なメーカーが誕生する。否応なく、ボリュームの競争ではなく、グローバルでどのようなポジションを取るかが問われる時代に入ってきたということだ」
「当社が買収を決めた欧州のブランドは、その意味で非常に戦略的に使える。ビールは基本的にローカルなビジネスだが、プレミアム商品に関しては、高級レストランで飲んだり、富裕層が楽しんだりと、数量は限られていても収益性の高いビジネスができる。新興国の市場でも経済成長が続けば、そうした高級ブランドが求められる」
PART 1のキリンでも触れた通り、海外での買収は大きなリスクと背中合わせだ。アサヒにとって今回の買収額は「異次元」で、仮に失敗したときのリスクは膨む。地理的にもアジアから離れ、買収後の統合作業や相乗効果の創出が難航する恐れはないのか。
階段を一段ずつ上る
「今回の欧州の買収は突然アクセルを踏み込んだように見えるかもしれないが、僕の経営スタイルはずっとギアをローにして、階段を一つずつ上ってきたイメージだ。大型買収ではあるがアサヒに、これだけのことができる人材、ノウハウが積み上がってきたということ。各社が量を追っていた時代、我々には人材もノウハウも足りなかった。身の丈経営というとギュッと縮こまってしまうイメージを持たれるが、全然違う。我々が大きく育てば、その丈に合った戦略が取れるようになる」
決して今回の買収は「賭け」ではないという泉谷会長。過去の海外M&Aの苦い経験から学んできたことも背景にある。振り返れば、1990年代にはオーストラリアで酒類大手のフォスターズに資本参加したが、経営悪化により撤退し、約200億円の特別損失を計上した。2011年に買収したニュージーランド酒類大手、インディペンデント・リカーでは「買収額が意図的につり上げられていた」とアサヒが主張し、売り手の投資ファンドと訴訟に発展したこともある(2014年に和解)。
「インディペンデント・リカーについては、交渉の中で完全に詰め切れなかったことなど、チャレンジだったのは事実だ。そうした試練や失敗が我々の体験学習になってきた」
アサヒは、2009年から2012年まで矢継ぎ早に5社を買収したオセアニアの事業から、買収後の事業運営についても試行錯誤を繰り返してきた。収益立て直しや組織再編、生産・販売の効率化に多くの時間と労力を費やした。
アサヒの買収先はそれぞれ酒類、清涼飲料、ミネラル水など多様で、各社の生産拠点や販路は重複。効率の悪さが低収益につながっていた。
アサヒは2011年ごろから事業の集約・効率化に力を入れた。2009年に設立していたアサヒホールディングスオーストラリア(AHA)を統括会社とし、傘下の事業会社で重複していた業務を整理。アサヒが強みとする生産管理やカイゼン活動のノウハウも注入し、工場の統廃合も進めた。
ABインベブが活用している「ゼロベース予算」も独自に導入し、コスト削減を徹底。2015年12月期のオセアニア事業の営業利益は前期比1割増と、収益力は高まっている。勝木敦志AHA社長は「ポートフォリオの整理や人材配置などでアサヒが得た知見は大きかった」と語る。
一方、スーパードライは輸入プレミアム商品として提案し、高級レストランなどを中心に販路を開拓した。昨年10月には低アルコールの「アサヒ爽快」をオーストラリア専用品として発売し、新規顧客の獲得を進めている。
買収は契約の前が勝負
2009年から買収した複数企業の組織再編や効率化に労力を割いたオセアニア。「アサヒ爽快」などの独自商品も投入している
オセアニアなどでの経験を生かし「身の丈」を伸ばしてきたことが欧州での買収につながったと語る泉谷氏。買収成功のカギを握ると言われる、M&A後の統合作業(PMI=ポスト・マージャー・インテグレーション)についても持論があるという。
「僕の持論はPMIは『ポスト・マージャー・インテグレーション』ではなく、『プレ・マージャー・インテグレーション』ということ。つまり買収前のリサーチをどれだけ精緻にして、有利な条件交渉ができるかが重要だ」
「買収交渉ではまず、現地でビジネスを担って、成功してきた人材が辞めずに組織に残るかどうかが重要だ。加えて今回は(SABミラーによる)事業の切り離しなので、ブランド管理や投資といった機能をきちんとできるような体制を残すこと。こうしたことをやって、1年目から独立して収益を上げられるようにする。買収後に日本から人を送って、うまくいくかいかないかとやっているようでは完全に遅い」
一般に企業買収は、対象企業の現在価値よりも高く、プレミアム(上乗せ分)を払うことになる。今回の対象4社の売上高は合計で900億円、営業利益は140億円と高収益だが、アサヒは買収後にさらに収益性を高めなけば、投資額の元は取れない。
過去とは桁違いの大型案件に挑む
●アサヒグループホールディングスの主な海外M&A
「ドライ」で相乗効果狙う
今回の懸念材料は、地盤がビール市場の成長が見込みづらい、成熟した欧州市場だということだ。どんな利益成長のストーリーを描けるのだろうか。
「ボリュームの成長がない市場でも売上高や利益を上げることは可能だ。商品の組み合わせによる粗利の改善や高付加価値商品の開発、コスト構造の改革などを組み合わせることで実現できる。もう一段進んで、我々の中核である『スーパードライ』を彼らの販路に乗せて売ることでブランドのグローバル化も進める。現在世界で800万ケース(1ケースは大瓶20本換算)売っているが、我々がプレミアムブランドの充実したポートフォリオを持つ会社になれば、様々な戦略が打てる」
スーパードライは海外で最も売れている日本のブランドだが、その量はまだ少ない。グローバルブランドと言えるのは、「ハイネケン」「カールスバーグ」など、長い海外開拓の歴史を持つ、数少ないブランドのみだ。スーパードライの挑戦のハードルは高い。
3月末に小路明善氏が事業会社、アサヒビール社長から昇格。泉谷氏の後を引き継いで、持ち株会社の社長に就いた。小路社長はスーパードライの世界展開について「画一的なマーケティングをするつもりはない。培ってきた品質を担保するのは当然だが、エリアごとのマーケットのニーズに合わせた価値を提供することが重要だ」と話す。
マレーシアなどではカールスバーグと販売提携しており、緩やかなネットワークも柔軟に広げていく構想だ。
一方、スーパードライの金城湯池である日本市場に対し、ABインベブが狙いを定めるのではとの観測もある。
「ABインベブのこれまでの手法や、ビールの巨大市場で本格的に手を付けていないのが、日本とベトナムぐらいだということを考えれば、日本が狙われる可能性は十分にある。買収されるリスクを避けるためには、我々が代替性なきアイデンティティーをどのように作り上げていくかが重要だ」
「国内市場は小さなパイを食い合っている状態だが、グローバルでどのようなポジションを取るかが議論されるべき段階だ。国内で抜いた抜かれたをやっている時代じゃない」
国内トップの高収益企業、アサヒ。ABインベブが狙いを定める可能性もある「食うか食われるか」の世界のビール戦争で、アサヒの欧州での買収には、「攻めが最大の防御」という発想もある。
[日経ビジネス2016年4月11日号特集「ビールM&A最終決戦」から再録]
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