終戦の次の日、朝起きた時に母親が「もう戦争に負けた。昨日とは太陽まで違う」って言って嘆いていたのを覚えています。

 「象徴」とは何かと聞かれると、答えはなかなか難しい。でも陛下がされていることは、一つの見方にすぎないかもしれませんが、国民の統合という求心力を働かせるということではないでしょうか。社会の遠心力が働いて、忘れられてしまいがちな人たちが、実際にはある。

 陛下は、もうずっと以前からハンセン病や障害者スポーツなどに関わる人たちと親交を持ってこられましたが、そういう人々が求心力を働かせようとするのを励まして、遠心力ではじき飛ばされることがないようにする。それがまさに「日本国民統合の象徴」として、陛下がされていることなんじゃないでしょうか。

 そういう意味で一つ印象に残ったことがあります。日本銀行の総裁が1年に2回、その時の経済情勢を説明するご進講があるのですが、ある時、陛下が「この頃、格差ということを聞くようになりましたけど、それについてはどうですか」とお尋ねになりました。

 それが終わってから、私は「総裁、陛下がああいうことをおっしゃっていたのは、要するに格差で落ちこぼれる人が出てきているというふうに自分は理解している。その人たちのことを考えてほしいということだったんだと思います」と申し上げたことがあるんです。

 随分前からボランティア活動が活発になってきたのは「大変心強い」とおっしゃっています。特に阪神淡路大震災の時からそうした動きが大きく起こるようになりましたよね。東日本大震災の時もそうおっしゃっていたから、「社会はそうやって、みんなが助け合ってつくっていくことが大変望ましい」というふうに感じていらっしゃるのだと思います。

 日本社会は地域なり家族、親族なりといったグループの団結が強い社会です。だけれども、西欧なんかではボランティアというのは普通に行われていますよね。そういう意味の特別の関係のない人が、全く自発的に、ある人が苦労しているから駆けつけて力を貸そうとする。それまであまりなかった動きが出てきたことを、「心強い」とおっしゃっています。こうした動きは、社会の一つの求心力ですよね。

 両陛下は普通の人よりも苦労が多かったり、あるいは悲しみが多かったり、痛みが多かったり、そういう意味で重いものを背負っている人、それでいながら一生懸命生きようとしている人のことをいつも考えておられるのだと思います。「人に寄り添う。心を寄せる」とよくおっしゃっています。まさに心の問題になるのですが、それがご自分の仕事の中核だと思ってこられたと思います。

 日本には本当に「無私」という心を持って、それを実際に行っている方がいらっしゃるのです。そうした心を持つ意味と価値を、私は両陛下に教わりました。


[日経ビジネス編『遺言 日本の未来へ』(2015年8月発行)より転載]