「I shall be the Emperor」の覚悟

 陛下には中学生の時の有名なエピソードがあります。英語の授業で「将来何になりたいか」というようなことが問われ、陛下は「I shall be the Emperor」とお答えになったそうです。「なりたい」ではなく、「なる」「なることが決まっている」といった表現です。まさに10代の頃から、そうしたお覚悟で日々を過ごされてきたわけです。

 日本国憲法で「象徴」という現在の立場が定められた後に即位されたのは、今上陛下しかいらっしゃいません。想像しかできませんが、そこにはやはり様々な思いやお悩みがおありになったのだろうと思います。

 これも想像のことなのですが、やはり陛下は皇太子でいらした青年期まで、どこか孤独を感じていらしたと思います。お小さい時からご両親とは離されて、お仕えする大人に囲まれて育ってこられた。お寂しいこともあったと思います。

 だからこそ、皇后陛下の存在は、天皇陛下にとって非常に大きなものだと思います。陛下がご婚約の頃にお詠みになった「語らいを 重ねゆきつつ 気がつきぬ われのこころに 開きたる窓」という歌は、本当に陛下にとってはそういうことだったんだろうと思います。一人の人間の心に窓を開くというのは大変なことであって、それは皇后陛下の大変なご功績だと思いますよね。皇后陛下は、天皇陛下の一番の理解者であり、支えであり続けてこられ、天皇陛下も頼りになさり、何かとご相談になり、また大事になさっているのは、陛下が折々におっしゃることからよく分かります。

 天皇陛下がもし仮に次の世代に伝えたいことがあったら何をおっしゃるかと推測したら、先の大戦のことをおっしゃると思います(編集部注:このインタビューは2014年12月1日に行われた。天皇陛下はその後、戦後70年となる2015年を迎えた年頭の感想文で、「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」と述べられた)。80歳のお誕生日の時に、80年で一番印象に残っていることは何かという質問に対して、やっぱり大戦のことだとおっしゃっていますから。

 これは本当に繰り返しおっしゃっています。戦争の記憶がだんだん薄れ始めている。戦争を知らない世代が出てきているから、それは、ある意味で致し方のないことではあるけれども、絶対に戦争のことが忘れられないように語り継がれてほしいと。これは陛下が後世に伝えたい非常に大事なメッセージだと思います。

 戦争を知らない若い世代に伝えるのは非常に難しいことかもしれません。それでもやはり、日本国あるいは日本国民にとって最近の歴史で一番大きな出来事であったわけです。300万人を超える人が亡くなり、東京とか大阪とか、大きな都市がほとんど爆撃されて焼け野原になった。そういう犠牲を払った出来事があって今日の日本があることを、忘れてはいけないということだと思います。

 若い世代にとっての戦争は、私が明治維新のことを考えるのと多分同じようなことになってきているんでしょうね。体験とは切り離された、歴史の教科書に載っている出来事といったような。

戦争に負けた。昨日とは太陽まで違う

 私は終戦の時、小学校3年だから、疎開をしていて兵隊には行きませんでした。だけど空襲警報が鳴って、みんなで防空頭巾を被(かぶ)って防空壕(ごう)に入るとか、演習とかはやりました。それから8月15日の玉音放送をみんなと一緒に聞いて、みんなが泣いた。すごく天気のいい日でね。とにかく貧しくて食べるものもない。そういう戦争の記憶はあるんです。

 戦後、ちょっとしてから東京へ帰ってきたのですが、自分のうちの跡に着いたら、焼けちゃって何もなくてね。麹町の辺りなんですけど、私は今でも覚えているのは、そこから国会議事堂が見えるんです。それまでは、そんなことは絶対あり得ませんでした。