常にご自身の言葉で語られる陛下

 侍従長を辞めてから、その経験を書いた本を出したり講演をしたりしています。

 畏(おそ)れ多いことだけれども、私が見た両陛下のお姿を多くの方に知ってもらいたい。両陛下は表に出ていらっしゃる時だけでなくて、普段からずっと国民のことや、国全体のことを考えて行動していらっしゃるということなんです。

 私はやっぱり自分が拝見して感じた天皇陛下、皇后陛下の本当のお姿を、なるべく大勢の人に知ってもらいたい。何も私がやらなくても、ご自身が築き上げてこられたものがおのずと物語るわけですけどね。この取材も、いったんはお断りしましたけど、やり取りの中で陛下のことに触れていらしたでしょう。やはり話さないといけないと思ったんです。

 私の父は昭和天皇の「ご学友」でした。曽祖父は元宮内大臣。比較的、皇室に近くお仕えしたことのある家庭に育ちましたが、実際には知らないこと、分からないことばかりでした。

 例えばいろいろな式典で話されるお言葉というのがあって、それは事前に主催者が、大体の原稿を作ります。陛下の分だけじゃなくて、総理大臣とか参加される方のもね。それで、大体皆さんそれをそのまま読まれる。たまには何カ所か、こう言いたいとかいう場合もありますが、陛下はそうじゃないんです。

 私も驚いたんですが、毎年行われる行事であっても、陛下は毎回ほとんど全部の原稿について、ご自分のお考えなり経験なりに基づいて何かを加えたりなさいます。

 毎年言っているから今年もそうするとか、昔からやっているからこうだというのじゃないんです。

 これは、より良いものを求めようとすれば当然の姿勢なのかもしれません。でもなかなか実際にはできないことだと思います。

 そういえば、こんなこともありました。私が式部官長の頃だったと思いますが、チュニジアの大統領が来日されて、宮中晩餐会でお言葉があったんですね。陛下はこういう時、ご自分の経験に照らしてその国との思い出を語られることが多いんです。パーソナルな体験を話されて、関係を築かれるわけです。

 ところがチュニジアにはいらしたことがないし、向こうからどなたかが来られたこともない。あまり日本との関係がなかったんです。一体どうされるんだろうと私は思っていたんです。

 そうしたら陛下は幼い頃の話をされたんです。今のチュニジアは昔のカルタゴなんですが、カルタゴのハンニバル将軍の話を子供の頃に本で読んだと。チュニジアの首都チュニスがカルタゴと同じ場所で、東京とほぼ同じ緯度にあることを後になって世界地図で知って、非常にチュニジアに親しい気持ちを感じたことがあります、というようなことをね。

 これはもう全くご自分で新たに書き加えられたわけです。できる限り相手のことを考え、パーソナルなタッチを入れようとされる。そういうお気持ちが相手に伝わることは十分にあると思うんですね。

 こういうことを申し上げていいのか分かりませんが、私は仮に陛下が天皇というお立場でなくても、非常に誠実で真面目で素晴らしい方だと思います。もちろん、陛下からそのお役目を外すことは考えられないわけですので、意味のない仮定かも分かりません。陛下自身、自分は天皇になるために生まれてきて天皇になったから、天皇以外の立場になると考えたことはありませんということもおっしゃっていますしね。

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