リアルタイムで冒険を共有

 なぜわざわざ、そんなことをするのか。「冒険を共有するため」と栗城は言う。「登れるのか登れないのか。結果が出てから映像を見ても、共感は薄れる。サッカーでも何でも、生中継が一番」というのが彼の理屈だ。

 精神や肉体の限界に挑み、困難な目標に向かうという点では、確かに登山は一般のスポーツに通じる。だが試合時間が区切られたスポーツと違い、世の「冒険家」と呼ばれる人の行動は、挑戦期間が月単位、場合によっては年単位と圧倒的に長い。そのため、世の中の人がその情報に触れるのは、成功であっても失敗であっても、ほぼすべて「既に結果の出たニュース」としてだ。

 栗城は「できるかどうか分からないことに挑むからこそ、達成することに価値を感じられる」と考える。初めから答えが分かっていたり、「できそう」と思えることをやっても、得られるものは小さい。だからこそ栗城は、次の一瞬に死ぬかもしれない中で歩みを進める緊張感や、山頂を目前にしながら下山する無念さといった「過程」を伝えることにこだわる。

 登頂より配信を優先するわけではない。配信できるのは栗城がカメラを回す余裕があり、天候や通信環境などの条件が整っている時だけだ。先ほど触れたダウラギリ山頂での撮影も、実は生中継はしておらず、後日、動画サイトに掲載した。死が隣り合わせにある極限の状況では、命に関わらない作業の優先度は下がらざるを得ない。

 それでも栗城は、世界の最高峰に自分が到達するだけでは満足することができない。そのことを、誰かに伝えなければならないと思っている。

 自分にカメラを向ける理由を尋ねると、栗城は「ナルシストですから」とちゃかす。だが公式サイトにはこうある。「人は誰もが冒険し、見えない山を登っている。(中略)夢を否定しないで自分の中にあるエベレストに一歩踏み出す人を増やすこと。それが僕の冒険」だと。

 栗城は自分が多くの人に囲まれて生きていることを、強く意識している。登山家の中には孤独を好む人も少なくないが、栗城は過酷な自然と対峙することを好みながらも「山に逃げたくない」と考える。栗城にとって山は特別な場所ではあるが、平地での生活と断絶した異界ではない。

 「中継さえしなければ、そんなにお金はかからないんですけどね」。栗城の事務所で、膨大な事務作業に追われるスタッフの小林幸子は苦笑する。栗城の遠征費は年間で1億円弱。エベレストの登頂を目指すだけなら600万円程度で済むが、通信用の機材やスタッフを揃えるのに費用がかさむ。栗城は平地にいる間、その遠征費を獲得するために企業への営業回りや講演会に奔走する。

 「遠征の時の映像で、自然に御社の商品を紹介できます」。栗城は自分で企画書を書き、企業の担当者やトップを口説いて回る。今となっては知名度もある栗城だが、企業からの支援を引き出すことが容易なわけではない。

 栄養食品などの製造販売を手がけるニュートリー(三重県四日市市)は栗城のスポンサー企業の1つだが、社長の川口晋は「こちらもビジネスである以上、無駄な予算をつけ続けることはできない」と話す。昨年10月、栗城は4度目となるエベレスト登頂に挑んだが、強風などに阻まれやむなく下山。重度の凍傷を負った手の指は切断やむなしと伝えられ、川口の頭には支援の停止がよぎった。

 そんな支援者の思いを汲むように、入院後間もなく栗城は「僕は必ず復活します」とネットに書き込んだ。川口は栗城の心情を察する。「彼は自分の下山が、巻き込んだすべての人の期待に対する裏切りだと理解している。私の顔も浮かんだだろう。何かメッセージを出す必要があると思ったのではないか」。

 自分勝手な夢を他人に語り、支援を請う。栗城は何百という企業や個人にそれを繰り返してきた。何度も門前払いされながら、それでも応援すると言ってくれた人の期待を背負って、栗城は登っている。

2012年秋のエベレスト挑戦で、右手親指を除く9本の手の指が重い凍傷に。懸命の治療が続く。