最初からこの競技を長く続けようと思っていたのですか?

 いやいや、挑戦してダメだったらすぐやめればいいと思っていました。ここまでハマったのは、初めて練習に参加した時に、いきなりスパーリングをやらせてもらえたことが大きかったです。最初は受け身や「型」の練習で終わってもおかしくないのに、ルールも理解していない私に、マジで取っ組み合うことの面白さを、教えてくれました。レスリングの快楽を最初に刷り込まれたわけです。

 後になって分かってくるのですが、初心者同士がガチガチになってスパーリングをやるのは危険でも、相手をするのが上級者ならば、初心者にスパーリングの面白さを体験させられます。レスリングは相手との密着度が高い格闘技ですから、その「皮膚接触」を通して、上級者が相手の力量を把握しつつ、その範囲内でレスリングをそれなりに成立させたり、その面白みを伝えたりすることが、比較的やりやすいのです。

それにしても運動経験ゼロの51歳で、よくレスリングの練習をこなせましたね。

 最初の何カ月かは、週1回通うのが精一杯で、疲労回復に中6日が必要でした。上達すること以前に「練習についていけるようになる」が目標になりました。レスリングを始めて6年程経ちますが、30~40代の頃より57歳の今の方がスタミナもありますし、力も強くなっています。今ではレスリングに加えてブラジリアン柔術を含めて週3~4回、格闘技を練習しています。肉体がこの年齢でも進歩するなんて、想像もできませんでした。50代に入ってジム通いを始めた頃は、体重が約70キロ近くまで増えて腹部が醜くなり、体脂肪率も20%を越えていたと思います。それが今では、試合前だと(減量をするので)体重54.9kg、体脂肪率7~8%ですね。

 レスリングの練習に少々慣れてきた3年目に、私の勤務校である青山学院大学のレスリング部の太田浩史監督から、部の練習に誘ってもらいました。青学レスリング部は、学生チャンピオンやオリンピック選手を輩出している名門です。部員は中高生の頃からレスリングで活躍してきたエリートたちで、レスリング部OBでありヘッドコーチを務めている長谷川恒平さんは、全日本選手権5連覇を果たした、ロンドン五輪の日本代表選手です。いわば、アマレスの「プロ集団」なわけです。

 そんなハイレベルな世界に飛び込むのは恐怖でしたし、「レベルが違いすぎて迷惑なのでは」という気持ちもありました。それでもレスリングの魅力には勝てず、週に1~2回お邪魔するようになりました。私がこの大学の教授だからこそ可能になった幸運だったのです。私にとってはもちろんですが、学生にも新鮮な体験だったのではないでしょうか。

 彼らから見れば「素人」同然のおじさんが、大学のトップチームに混じって練習するわけです。ある学生は「見学か体験入部と思っていたら、一緒に同じ練習メニューを続けるのでびっくりしました」と話していました。彼らにとって私は完全に「異物」だったでしょうが、そんな異物に対して好奇心を持つ寛容な若者もいて、アドバイスをくれたり、スパーリングの相手を務めてくれたりします。今では部長職も引き受けていますし、「私がこの大学に来たのは、このためだったのだ!」とまで思っています。

2016年の全日本マスターズレスリング選手権で試合に臨む入不二基義氏
2016年の全日本マスターズレスリング選手権で試合に臨む入不二基義氏