戸倉社長は時計事業の出身です。

戸倉:当時は役員じゃなかったから、HD移行の議論には加わっていないんです。けれど、内心では反対でした。やはりHDというのは売り上げ規模が1兆円くらいあり、そして主要事業が2つ、3つあって、初めて機能すると思うのです。

 HDになってから、時計事業では老朽設備の更新をどうするんだとか、技術革新にどう追いつくんだとか、そのあたりのプライオリティ(優先度)が下がった感はありました。シチズンは売り上げの5割、営業利益だと3分の2は時計で稼ぐ。こうした状況では、基盤事業をきちんと運営できる体制のほうが適していると思うのです。

人材を手放したがらない事業会社

組織論として、HD運営の難しさはありましたか。

戸倉:ありました。一例が、ITシステムや不動産管理などの間接機能を横串で担う会社、シチズンビジネスエキスパートです。

 HD移行にあわせて立ち上げましたが、間接部門はホールディングス傘下の各社でもともと完成したものを持っているわけです。どう分担するかというすみ分けは難しいものがありました。

 研究開発をグループ横断で進める会社、シチズンテクノロジーセンターも作りました。ただ研究開発は会社化しなくてもできる。会社だと単独で決算をまとめなくてはいけない。それなりの間接人員も必要になる。やはり無駄ということで、すぐに解散しました。

 グループ内で事業会社を横断した人事というのも、当初の狙い通りに進みませんでした。優秀な人材というのは、どうしても各社が抱え込んでしまう。HDはそこの権限をなかなか持てなかった。これは事業持ち株会社に戻ってからも同じことが言えるので、いまいろいろと対応を考えているところです。

逆に、HD体制で良かった点は。

戸倉:グループ各社のモニタリングがしやすくなりました。HD移行以前は各事業会社がバラバラで、各社の社長や担当役員が「これは良い、悪い」などと勝手に事業展開を決めていた。HD体制では、シチズングループとして「こんな事業には投資したり参入したりしない」といった決まりを明確にしました。「赤字が2年続いたら撤退」というルールもHD体制のもとで作ったものです。

 各社が意思決定をするときの「ここまでは事業会社が判断できる」「ここからは本社承認が必要」などの線引きもはっきりさせました。

HDの良かった点は、事業持ち株会社体制になっても引き継ぎたい (写真:尾関裕士)

10月に事業持ち株会社体制に戻ってからの課題は。

戸倉:シチズン時計という事業会社が、グループを統括する立場になります。社内外に「時計事業が基盤」と宣言することになります。シチズン時計はしばらくHD傘下の事業子会社でしたが、10月以降は上場会社になる。この点は役職員にもしっかりと意識してもらいたい。

 HD体制にも良い点はあったので、経営企画部のなかにグループ全体を俯瞰するチームを作るなどして、引き継ぐべき点は引き継ぎたいと考えています。

理想は存在しないかもしれない

グループの理想の形について、どうお考えですか。

戸倉:事業持ち株会社体制が完成形と思っているわけではないんです。時計という基盤事業が十分に強くなったら「じゃあもう一度見直そうか」という議論になっても良い。5年単位でやるとコストがかかってしょうがないけれど、10年くらいのスパンなら再び変わっても良いと思います。

 組織のありかたというのは、業界や市場環境、会社の規模、グループの保有するコア技術などによって異なる。どこかは犠牲にせざるをえないから「理想」というものは存在しないかもしれない。

 グループの進むべき方向が明確でなければ、HDでも事業持ち株会社でもなくて、すべてバラバラに独立させる手もあります。企業の形というのは変わりゆくもの。だからこそ(経営というのは)面白いと思うのです。

当連載は、日経ビジネス 2016年8月1日号特集「新・グループ経営論 縛らず統治せよ」との連動企画です。あわせてこちらもご覧ください。