日本企業の多くが実践する働き方改革。残業を禁止し強引に退社させたり、無駄な会議を減らしたりすることに取り組んでいる。だが、生産性が高まる取り組みをせず、勤務時間だけを制限してしまうと、企業の競争力を落としかねない。日経ビジネス7月24日号特集「便乗時短 やってはいけない働き方改革」で、生産性を高めつつ時短の働き方を実現できた事例を紹介したが、まだまだある。
そのひとつが革製品の販売やシェアハウスの運営などを手がけるボーダレス・ジャパン(福岡市)だ。同社のオフィスには大きな机があり、社員はジグザグに座っている。正面に顔を合わせることはないが、すぐに話しかけられる状態を作っている。同社は9時始業で、18時終業が定時。どうしても残業が必要な時は19時まででそれ以降は認めない。
ボーダレス・ジャパンでは朝礼で残業するかどうか決まる。始業時に1人ずつ朝からどの作業に何時間かけるのか発表する。それぞれ「デザイン検討に1時間」「資料作成に1時間30分」といった具合だ。8時間分の業務内容を発表する。
マネージャーがメンバーの発表内容を聞きながら、明日に繰り越したり、時間配分を変えたりする指示を出す。
悩んだらすぐに全員集合
がむしゃらと言っても、8時間無言で働き続けるわけではない。むしろよく話す。業務中に悩みごとができると、周りの人に相談ができる。1回あたり15分ほどで、招集がかかると全員手を止めて一緒に考えなければならない。もし他者からの相談に対応することで、自分の業務が明日へ持ち越しになっても構わないルールになっている。
田口一成社長は「作業スピードはどんなに頑張っても大して上がらない。むしろ、アイデアに行き詰った時に考えている時間と間違えた判断をしてしまい、気づくまでの時間が無駄。短時間でメンバーが集まって話をした方が結果的に時短になる」と話す。
田口社長は新卒でミスミに入社。新規事業の立ち上げなどで毎日深夜まで働いていた。田口社長は「人間は集中できる時間が限られている。長く働いてもダラダラしてしまうだけ」と話す。
2007年の起業時からこうした働き方を取り入れてきた。台湾や韓国など海外事業においても働き方改革を強化していく考えだ。
ボーダレス・ジャパンではジグザグに座って、気軽に話しかけやすい雰囲気を作る(写真撮影:菅敏一)
会議不要の「円卓」職場
ボーダレス・ジャパンのように生産性を高めるにはオフィスレイアウトがカギを握る。人気のフリマアプリを運営するメルカリ(東京都港区)もオフィスレイアウトにこだわっている。2015年に同社のオフィスに取り入れたのが、4~5人が余裕を持って座れる大きめの「円卓」だ。
「円卓には、コミュニケーションを活性化する心理的効果があることが知られている」(心理カウンセラー)。円卓に座る全員の顔が見え、四角い机に比べて丸い形状は気持ちをリラックスさせるという。中華料理が円卓で振る舞われるのもこのためだ。
円卓には、新サービスの開発など、同じプロジェクトに関わるメンバーなどが集まって仕事をする。互いに声がかけやすく、相談したいことがあれば、その場で打ち合わせができる。会議の時間を確保したり、皆でぞろぞろと会議室に移動したりする必要もない。アイデアを思いついたらその場で共有し、問題があればメンバーが互いの知識を持ち寄ってすぐに解決する。
パーティションで区切った個室感覚のオフィスの方が、集中力が高まり仕事の効率が上がると一見思えるが、実際には一人だけで完結する仕事はごく一部。しかも、日々様々な課題やトラブルが発生する。
特に、「『ドッグイヤー』で動いているIT業界では、1つひとつの作業や意思決定のスピードが命だ」(メルカリの掛川紗矢香執行役員)。細かく区切ったオフィスでバラバラに仕事をするよりも、1カ所に集まった方が、仕事の効率は高まる。それがメルカリが出した結論だ。もちろん、静かに1人で集中して作業したい時もある。そういう場合は、オフィスの端の休憩スペースなど、好きな場所で作業できる。
社員同士のコミュニケーションを重視するメルカリでは、実は在宅勤務も認めていない。IT系の企業では、ITツールを活用して自宅や出先で仕事をする「テレワーク」を認める企業が増えている。それでも同社は、「同じ場所で仕事をする」ことにこだわる。
グループウェアの「Slack」などのITツールを使って効率的に情報共有する工夫をしているが、それではコミュニケーションの「速さ」と「密度」が不十分だという。「何かトラブルが発生した場合、その場で相手の表情や声から緊急性や重要性を判断できたり、アドバイスした内容をどの程度理解しているかも分かる。
在宅ではそうはいかない。育児が忙しい社員もいるが、フレックスタイム制や認可外保育所や病児保育に対する補助を制度を設けて、会社に来やすい環境を整えている」(掛川執行役員)。
生産性向上の手法は各社異なる。ただ共通しているのは、無駄な時間をどう削減するかだ。1人で悩むよりも気軽に話せたり、わざわざ会議を開かずに済んだりすることで残業を抑制している。根本的な残業の原因を断ち切ることで時短となり、成果が出る働き方改革につながっている。
円卓がずらりと並ぶメルカリのオフィス風景(写真撮影:北山宏一)
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