星野:この本が出る前から私はブランチャードの理論を理解していましたが、内容は同書が一番まとまっていると思います。社員が自分で考えて、自律的に動く。そんなモチベーションの高い状態を維持することが収益の改善に重要だという理論を経営者がまず信用するのが重要です。やはり理論を信用しなければ、取り組もうと思うことはないはずです。
このやり方でなければ、今のスピードで成長できなかった
星野:星野リゾートの場合には1990年代までは社員のリクルーティングでとても苦労していました。なかなか入社してくれないし、せっかく入社してもその社員が辞めていったのです。そんな状態を変えるには私はこの方向しかない、自社にぴったり合うと思いました。スタッフ一人ひとりが楽しんで仕事をする。それが定着率を高め、新しいアイデアを生む――。人材が豊富でなかった当時の星野リゾートにとってこれはもっとも望んでいたことでした。
導入にあたっては、私がフラットな組織を「我々の文化にします」と宣言するところから始め、今では社内に言いたいことを言いたい人に言いたいときに言える組織文化ができています。
ときどき誤解されますが、フラットな組織でフラットな議論が行われているからといって、私が「社員に意見を出していただき、自分は思っていることを言わない」わけではありません。私もフラットな組織の1人。だからどんどん発言しますし、そう簡単に議論で負けるとは思っていません。私に従うのはあくまでも言っていることが正しいからであり、ポジションによるわけではありません。フラットな組織とはそういう状態です。
このやり方でなければ、今のスピードで成長できなかったでしょうか?
星野:もちろんそうです。社員が考えるからこそ、どんどん施設の魅力を発掘してくれるし、それが収益につながっているのです。
フラットな組織で議論するなかで「そんなことを言っているなら、その分早くやってくれよ」と思うことはないですか?
星野:「やってくれよ」と思ったことはありません。正しいのがどれかという話はしますが、早くやってくれと言うことはありません。あくまでも正しくやってもらうのです。
定着には時間がかかるのではないでしょうか。
星野:けっこうすぐにできますよ。2018年4月から現在の施設名で運営するOMO7旭川(北海道旭川市)の場合、都市観光ホテルとしては星野リゾートにとって最初の案件ですが、フラットな組織の定着は意外なくらい早く、効果は即座に出ています。
旭川は再生案件でもともとは典型的な地方のグランドホテルでした。宿泊、宴会、ブライダル、レストランという4つの事業がありますが、バラバラに戦ってシナジーが効かないままで、それぞれ少しずつ競合にシェアを奪われていました。そこで私は「スクラムを組み直そう」と呼びかけることから始めました。課題について考えてもらい発表してもらううちに、社員の意見が出てくるようになりました。
グランドホテルの再生は規模も大きいし難しいのですが、こうした案件が回ってくるようになったのは自力がついてきたからだと思います。
教科書を経営に活用し始めたころと比べて経営環境は大きく変わりましたか。
星野:会社を継いだ91年と比べたら、旅行市場ははるかに活性化しています。振り返ればバブル経済が崩壊し、不良債権処理が始まったころは「リゾートホテルは全部不良債権」のように言われたことまでありましたから。しかし、最近は正反対の状況であり、星野リゾートについても各施設の業績は間違いなく伸びています。
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