星野:冒頭の話と関係しますが、私は小学生まではスピードスケートに取り組んでいました。そのときは個人競技で自分が走ればいいのだから、他の人を気にする必要がありませんでした。
しかし、アイスホッケーに転じてからは、状況がまったく変わりました。チームスポーツであるアイスホッケーは自分だけがどんなに頑張っても勝てないからです。アイスホッケーはあくまでも全体がどう動くかどうかが大切。選手一人だけが動き方を変えても、全体にほとんど効果がありません。会社もチームであり、だからこそ全体が大切なのです。
それでも教科書を使うときに「なかなか全部はできないので、できるところから少しずつやろう」という声をときどき耳にします。
星野:「できるところからやっていこう」は、それなりに効果があるかのように聞こえるかもしれません。しかし、実際には効果がありません。だから私がそうすることはありません。組織全体が動かないときには、できる部署だけでよさそうなことをやってもうまくいかないのです。
正しさが証明されているため迷わずに進める
組織が大きくなるほど、教科書に取り組むのが難しくなるのでは。
星野:実際、規模が大きくなると教科書の徹底は難しくなりますが、教科書ではこうした難しさがあることもきちんと記しています。そして大変だったとしても、徹底できればその分、効果が出るのです。
たとえば『ブランド・ポートフォリオ戦略』は、星野リゾートが参考にしている米国の経営学者、デービッド・アーカーによる教科書です。同書にはブランドづくりを進める場合、全体を束ねる「マスターブランド」戦略がいいのか、「個別ブランド」戦略で戦うのかについて、詳しく書いてあります。その内容を踏まえて、星野リゾートは「マスターブランド」に集中的に経営資源を投下することを決定しています。
高級温泉旅館を「界」というブランドに統一したのもこのためです。界のなかにはそれまで別の施設名だったところがありました。しかし、この教科書によって大変なことを乗り越えてもブランドの統一に取り組むだけのメリットがあると証明されていたため、迷わず進むことができました。
一方、規模が大きくなるにつれて、経営者が全社に教科書の手法を徹底することが難しくなります。
星野:それでも私は一生懸命伝えています。たとえばブランディングについては毎年ブランドの認知率などを公表するなど、社員にできるだけ興味を持ってもらう努力をしています。ホテルや旅館の総支配人は新卒で入社した社員が増えており、価値観や組織の大事な文化を継承してくれるようになってきました。
星野リゾートの一連の経営改革を考えたとき、原点となったのはどの教科書でしょうか。
星野:やはりケン・ブランチャードの『社員の力で最高のチームをつくる 1分間エンパワーメント』の存在が大きかったと思います。
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