メイ首相は保守党党首の信任投票で信任されたが(写真:AFP/アフロ)
欧州連合(EU)離脱をめぐる英国の大混乱が続いている。メイ首相は保守党党首の信任投票で信任されたものの、EUとの離脱協定が英議会で承認される見通しは立っていない。国民投票以来2年半に及ぶ大混乱は、英国にとってEUの存在がいかに重いかを示している。合意なき無秩序離脱は、ポンド危機など英国経済に致命的な打撃を及ぼす。英国は国民投票を再実施し、EU残留を選択するしかない。
しかし単なるEU残留では済まない。EU再生にどう貢献するかが問われる。独仏とともにEUを主導するには、ユーロ加盟を目指すことだ。それが金融センター・シティーを抱える英国の生き残りの道でもある。BREXIT(英国のEU離脱)大混乱の出口はそこにある。
EUの存在の重さ
2016年6月の国民投票以来、2年半にも及ぶBREXIT大混乱は、英国にとってEU離脱がいかに困難であるかを物語る。メイ首相は、EU加盟国のアイルランドと英領北アイルランドの国境管理問題が最大の課題と述べているが、EU離脱によってできる「国境」と、北アイルランド問題の複雑な歴史的経緯との間に折り合いをつけるのは、至難だろう。検問など物理的な国境管理の回避とEU離脱は二律背反である。構造的矛盾は簡単には打開できない。
国境管理問題で解を見いだせない限り、「関税同盟」に残留するというEUとの合意は、ソフト離脱派には現実的選択だろう。その一方で、EUからの主権回復をめざす強硬離脱派からは「何のための離脱か」ということになる。
BREXITが大混乱に陥ったのは、それだけ英国のEU依存が大きいからだ。英国経済はEUという巨大市場とそこに照準を合わせた外資に依存してきた。EUから去り、外資に逃げられて英国に生きる道はない。ブリュッセルのEU官僚(ユーロクラート)支配を嫌うまではいいが、英国の政治家たちは英国経済の基本構造に理解が足りなかった。ジョンソン元外相ら扇動的な強硬離脱派には、離脱後の展望がまったくない。
相次ぐオウンゴールのメイ首相
もちろんBREXITを仕切るメイ首相の政治手腕の欠如にも驚かされる。ほとんど「政治音痴」ともいえる。もともと「消極的なEU残留派」だったが、内相として移民の抑制には熱心で、首相に担ぎ出された。政治基盤の弱さを補おうと、総選挙での地盤固めに打って出たのが完全に裏目に出た。保守党は少数与党に転落し、北アイルランドの地域政党、民主統一党の閣外協力に頼るありさまだ。
EUとのBREXIT交渉はようやくまとまり11月25日のEU首脳会議で決着したが、それはEU27カ国の議会と英議会の承認が大前提である。
肝心の英議会の採決は12月11日に予定されたが、メイ首相は大差の否決が明らかになると、採決そのものを延期せざるをえなかった。野党・労働党はもちろん、閣外協力の民主統一党も反対、そして足元の保守党では強硬離脱派、EU残留派合わせた100人近くが反対に回る見込みになった。
これだけオウンゴールが重なれば、メイ政権の崩壊は必至になるはずだが、だれが首相の座についても、この難局は乗り切れないとみられるだけに、だれも火中の栗を拾おうとはしない。保守党党首の信任投票で勝利したのも、メイ首相の政治姿勢が信認されたからというわけではない。
だれもBREXITの難局のなかで政権を担おうとはしないからだ。コービン党首はじめ労働党幹部の姿勢もあいまいだ。瀕死(ひんし)のメイ首相を座視しているだけである。そこにこそ英国政治の本当の危機がある。
合意なき離脱なら英国病に逆戻り
このままでは、合意なき無秩序離脱は避けられなくなる。それは、英国経済にリーマン・ショック以上の深刻な打撃を与える。イングランド銀行は、合意なき無秩序離脱に追い込まれれば、英ポンドは25%、住宅価格は30%下落すると予測する。8%ものマイナス成長に転落する。スタグフレーション(インフレと不況の同時進行)に陥り、英国病に逆戻りすることになる。
さらに、ロンドン・シティーが主役であるデリバティブ(金融派生商品)約6000兆円が不安定な状況に置かれるとイングランド銀行は警告する。複雑な金融取引が危機に見舞われれば、予期せぬ事態が発生しかねない。やむをえずEUも英国政府も合意なき無秩序離脱への備えにも着手しているが、そうした最悪のシナリオに陥らないようにすることこそ先決だろう。
離脱延期求め、国民投票再実施を
ここまでくれば、英国は2019年3月29日の離脱期限の延期をEU側に求め、国民投票の再実施に踏み切るしかないだろう。メイ首相はあくまで2016年の国民投票の結果を尊重し、秩序ある離脱をめざす構えだが、すべての目算が狂ったのである。
そもそも、2016年の国民投票も僅差の離脱選択だった。年齢別では大英帝国の栄光に酔い「昔は良かった」と思いがちな高齢層が離脱に傾いたが、EU市民としての在り方が身についている若年層は残留を求めた。地域別でもシティーを抱えるロンドンやスコットランド、それに北アイルランドは残留を支持した。
BREXITをめぐる大混乱で、英国には「BREGRET」(離脱に対する後悔)が広がり「BRETURN」(EU回帰)の機運が高まっている。いま国民投票を再実施すれば、EU残留になるという世論調査がほとんどだ。おりからEUの最高裁にあたるEU司法裁判所が、英国は一方的に(EU加盟国の承認なしに)EU離脱を撤回できるという正式判断を下した。これも英国内のEU残留派を勢いづかせている。
「利益より貢献」に変われるか
問題は、英国がEU観を変えられるかどうかである。言い換えれば、「利益より貢献」に転換できるかである。2度の世界大戦を経て創設されたEUは独仏の和解が原点である。独仏伊、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクという原加盟国に比べて後発の英国には、アウトサイダー意識がどうしても消えない。独仏がEU運営に大きな責任を担っているのに対して、英国はEUから利益をどう得るかばかりを念頭に置いてきた。
独仏や欧州委員会などEU主流からみると、英国は身勝手な大国に映る。だいいち、EUの基本である移動の自由のための「シェンゲン協定」にも単一通貨ユーロにも加盟していないから、どうしてもEU内では二流国扱いになる。それが自尊心の強い英国には我慢がならないのだろう。
もちろんEUにとって、英国は貴重な存在である。EUが環境、個人情報保護、競争政策などで「グローバル・ルール」を形成し、国際社会に発信できるのは、混合経済の色彩が残る欧州大陸と市場経済の英国との間で、うまく調和が取れてきたからだ。それはEUにとって英国のみえざる貢献だった。そうした「消極的貢献」を超えて「積極的貢献」に踏み出せるかどうかが問われる。
試金石はユーロ加盟
カギを握るのは英国のユーロ加盟である。EU離脱か残留かが問われているとき、その先にあるユーロ加盟は議論にもならないというのが大方の見方だろう。しかし、将来の展望もないままEU残留を唱えるだけでは、いずれまたEU懐疑論が頭をもたげることになる。議論は再び振り出しに戻るだけだ。
BREXITに不透明感が漂うなかで、ロンドン・シティーの国際金融センターの座は揺らいでいる。EU離脱により、英国で活動する金融機関はEU全域で一つの免許で営業できる「シングル・パスポート」が使えなくなる。
金融機関は、欧州大陸などに拠点を移転する必要に迫られる。シティーのライバルとして、パリなどに比べて移転誘致にさほど積極的でないフランクフルトが欧州の国際金融センターとして浮上する可能性もある。
英国はいまこそユーロ加盟を真剣に論議すべきだろう。もともと英国内ではユーロ加盟の是非を問う議論が盛んだった。イラク戦争への参加で英国民の不信を買っているが、ブレア元首相はユーロ創設のためのEU首脳会議を議長として取り仕切り、記者会見をフランス語でこなしたこともある親ユーロ派であった。リーマン・ショック打開の陰の主役であるブラウン元首相もユーロへの理解は深い。
キャメロン首相のもとで財務相をつとめ、国民投票実施に反対して下野したオズボーン氏にはEU残留とユーロ加盟への期待がかかる。
ユーロ20年の転機
ユーロは創設20年で国際通貨として定着してきたが、なお不安要素は残る。ギリシャ危機はようやく一山越えたが、左右のポピュリスト(大衆迎合主義者)連立政権のイタリアには銀行不安が消えない。
ユーロ改革を掲げてきたマクロン仏大統領は、その大胆な改革路線が国民の反発を買い、連日の大規模な反政府デモの攻勢にさらされた。改革路線の修正を余儀なくされ、ユーロの財政基準の達成さえ危ぶまれている。
マクロン大統領と二人三脚でEUを先導してきたメルケル独首相は最後の試練のときを迎えている。寛大な難民受け入れをめぐる国民の反発で、総選挙、州議会選挙と相次いで敗退し、18年務めたキリスト教民主同盟(CDU)党首の座を降りた。2021年まで独首相を務めるというが、求心力の低下は否めないだろう。
マクロン大統領が提案した共通予算構想など、ユーロ改革はすぐには動き出せないだろう。といって、ユーロが米ドルに次ぐ国際通貨の座を失うわけではない。EU内にはユーロ・メンバーになって初めて一人前という見方が大勢で、ユーロへの求心力はなお強い。「たゆたえどもユーロは沈まず」なのである。
英国がEUに残留する場合、そんなユーロとどう向き合うかが試されることになる。それは英国にとって、欧州の島国にとどまるかEUの金融大国として生き残るかの分岐点である。それはまた、ドル基軸の国際通貨体制を変質させる可能性を秘めている。
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