BREXITにEU政治の影

 英国は離脱後もこれまで通りEUとの間で自由な通商関係を樹立したい意向だが、EUは離脱後もこれまでと同等の扱いはありえないという立場であり、通商協議が難航するのは必至である。EUからの移民を規制することで「移動の自由」を反故にしておいて、自由な通商関係だけは維持したいというのは確かに虫が良すぎる。メイ政権は単一市場からの離脱による「ハード離脱」を選択しているが、できるだけ通商関係を損なわない「ソフト離脱」を求める声もある。ジョンソン外相らハード派とハモンド財務相らソフト派の開きは大きい。

 政権基盤が弱いメイ首相が閣内をまとめあげられるかどうかが問われるが、それ以上に、EU内で頼みの綱であるメルケル独首相の求心力低下が響く恐れがある。

 EUの盟主であるメルケル首相は英国に対して早々と「いいとこ取りは許さない」と釘をさしているが、独英間の深い経済関係は無視できず、最後は英国に妥協するはずという期待が英国内にはあった。しかし、そのメルケル首相は9月の総選挙での事実上の敗北で、政権づくりに苦闘しているさなかである。

 自由民主党、緑の党との「ジャマイカ連合」は結局、破談に終わり、再び社会民主党との連立協議に政権維持をかけている。欧州議会出身でEU統合派のシュルツ社民党首がマクロン仏大統領はじめEU内の幅広い要請を受け入れて、大連立に復帰する可能性はある。しかし、出直しとなる大連立協議にはどうしても時間がかかる。少なくとも2018年春までは、ドイツは政治空白が続くとみておかなければならないだろう。

 BREXIT交渉の大事な10カ月間のうち5カ月近くは、盟主メルケル首相の裁断には期待できそうにない。もちろんEUの新しいリーダーをめざすマクロン仏大統領の指導力に交渉進展への期待がかかるが、EU統合の深化を旗印にして登場したマクロン大統領は、BREXITそのものに批判的である。交渉ではEU側の強い立場を代表する存在になる可能性もある。

 BREXITをめぐる混迷もあり、EUに離脱ドミノが起きる危険は消えたが、EU内になお残る極右ポピュリズム(大衆迎合主義)を念頭に置けば、EU首脳はBREXITに決して甘い顔はできないのである。

「12年戦争」の恐れも

 BREXITの交渉期限は2019年3月29日だが、英国とEU加盟国の議会承認が必要であり、2018年10月までの交渉妥結が必要になる。離脱条件をめぐる協議でさえこれだけ難航し、予想外の時間を要したのだから、通商協議や移行期間の設定といった本番の協議はさらにこじれる恐れがある。

 もちろん、交渉期限そのものを延期する手もあるが、期限延期には全EU加盟国の承認が必要になる。「サドンデス離脱」による混乱を避けるための非常措置である。英国内の政治情勢やEUの政治力学を考えれば、交渉妥結にはどうしても時間がかかるとみておかなければならないだろう。

 英国のEC(欧州共同体)加盟には、申請から実に12年間を要した。ドゴール仏大統領が「拒否権」を発動したことが大きな要因だった。加盟はドゴール死後まで持ち越されたいきさつがある。離脱もまた「12年戦争」になるのではないかという見方すらある。

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