所得格差の拡大を背景に登場したドナルド・トランプ米次期大統領だが、そのポピュリズム(大衆迎合主義)政策は格差をさらに拡大する危険をはらんでいる。北米自由貿易協定(NAFTA)見直しや環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱など、排外主義は結局、米国経済を悪化させ、中間層の雇用を奪うことになる。その一方で、ウォール街重視の閣僚配置や金融規制の緩和は金融資本主義をさらに刺激することになるだろう。こうして、格差はさらに拡大する。この矛盾に目をつぶり、目先のポピュリズムに走れば、トランプ政策は世界経済を危機に陥れることになりかねない。

12月1日、ドナルド・トランプ次期米大統領は、米インディアナ州にある空調大手「キャリア(Carrier)」の工場を視察。キャリアが予定していたメキシコへの生産移転計画と、国内での人員削減を中止させたことを明らかにした。同時に、国外へ生産を移転する米企業は代償を払うことになると警告した。(写真:Tasos Katopodis/Getty Images)

NAFTA見直しは英離脱並みの衝撃

 大統領選中にNAFTA見直しを公言してきたトランプ氏は、1日の演説で「NAFTAはひどい失敗作だ。見直すことになるだろう」と述べた。当選後はNAFTAについての言及を封印してきただけに、排外主義の本質が変わらないことを改めて示すことになった。

 欧州連合(EU)に次ぐ巨大経済圏であるNAFTAの見直しは、英国のEU離脱、それも自由な市場アクセスのない「ハードBREXIT」に似ている。その衝撃はグローバル経済全体に及ぶ。メキシコは日本を含め世界各国と自由貿易協定を締結している。日本の自動車メーカーなど、その多くは米市場に照準を合わせている。そうした生産ネットワーク、サプライチェーンが分断されることになる。

 トランプ氏のNAFTA見直しの動きを受けて、メキシコ・ペソは急落し、メキシコの成長減速は避けられなくなっているが、メキシコ経済に大打撃を与えるだけではすまない。それは米国経済にも当然、跳ね返ってくる。

資本主義の土台揺るがす介入主義

 トランプ氏はメキシコへの進出計画を打ち出している米空調大手のキャリアのインディアナ州工場での人員削減を中止させたと誇らしく語ったが、大統領の強権で企業の計画をくつがえさせることになれば、資本主義の土台が揺らぐ。本物のビジネスマンなら、この基本原理がわからないはずはない。このトランプ氏の行動に、米メディアの一部には「選挙公約を実現した」などという評があるのには驚く。米メディアや経済界から、この暴挙に対して真正面からの批判が起きないとすれば、権力者の強権を黙認する米国社会の衰退を嘆かざるをえない。

 トランプ氏は「海外移転した米企業には重税を課す」とも述べている。こんな措置が実行可能かどうかは別として、米国企業がグローバル企業としてビジネスを展開することに制裁を科す事態になれば、グローバル経済の相互依存関係は大きく崩れることになる。

 貿易や投資をプラスサムではなく勝ち負けでしかととらえない誤った経済感覚を改めないかぎり、トランプ氏は反グローバル主義の落とし穴から抜け出せないだろう。